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単発記事のつもりで始めた日韓軍事インシデント「日韓電探照射問題」シリーズは、今回で第7回となりました。大前提として、日韓両国の公式発表、所轄する省庁の担当者による記者会見での発言というファクトに立脚するという執筆方針を堅持し続けていますが、なぜか「反日」だのと意味不明の言葉とともにツイッターやフェイスブックでKamikaze Attackしてくる方があとを絶ちません。対空砲は商売大繁盛です。一方で被参照数も鰻登りです。これまた商売大繁盛です。
第5回と第6回で韓国国防部の重要なブリーフィングについて全訳をご紹介しました。これらと日本政府、主に防衛省からの発表内容を照合することによって、何が対立点であるか、何が問題であるか、何が不明であるかが分かると思います。
今回は、1/23以降の事態拡大については触れません。あくまで12/20に発生したインシデントと、1/22までに明らかとなったことについて論考します。
◆いつ、どこで、何があったのか
第一に、今回の日韓軍事インシデントでは何が起きたのか、それがわからないといけません。残念ながら二国間の協議では未解決となってしまいましたので、日韓双方の主張を併記します。
1) 日時 2018/12/20 15時頃(相違なし)
2) 位置 正確な座標は発表されていない 日本:能登半島沖日本側EEZ内(大和堆近海) 韓国:独島(竹島)北東 200km 日韓暫定水域内
3) 何が起きたか 日本:海自の哨戒機P-1が韓国艦船を発見し、通常の接近飛行を行った。飛行はICAO条約等に則っている。 広開土大王が射撃管制レーダーでP-1を照射した(電探の機種についての言及は当初から一貫して行われなかったが、1/21になりSTIRであると言及) 岩屋毅防衛相は「攻撃直前の行為。不測の事態を招きかねず極めて危険」と述べ、韓国に強く抗議したことを明らかにした。(参照:毎日新聞 2018/12/21 21:36)
韓国:韓国海軍広開土大王と韓国海洋警察三峰号(※注1)が、北朝鮮籍の遭難漁船の救難活動中、海上自衛隊の哨戒機が異常接近飛行を行った。これは危険な威嚇行為である。
広開土大王は、電探使用中であったが、STIR−180は光学モードでの使用であり、電波を発していない。(電探機種名、使用状況の説明は当初から一貫している)
(※注1:ARS-5001サンボンギョについて、参峰号という文字が当てられてきたが、実際には三峰号のほうが正しいとされる。本稿でも今後、三峰号と表記する。三峰号は独島(竹島)警備用として建造された韓国最大の警備艦(巡視船)。建造の経緯は、海上保安庁と韓国海洋警察庁の保有する巡視船艇、警備船艇の不均衡に対応するため(要は、韓国側が見劣り著しかったため)。三峰は、竹島の韓国での古い呼称である)
When, Where, Whatの3Wの時点で、すでに日韓双方の主張は大きく異なっています。
【When】 まず日時については、詳細情報こそありませんが、日韓双方で相違はないようです。
【Where】 次に位置です。困ったことに日韓ともに座標を明示していません。GPS時代ですので、日韓双方ともに軍用、商用双方のモードで座標を把握しているのは当然です。
日本側の主張は能登半島沖の日本側EEZ(排他的経済水域)内となっています。また、大和堆付近であるとも報じられています。
一方で、韓国側の主張は、独島(竹島)の北東200kmの韓日中間水域(日韓暫定水域)内となっています。
まず、EEZというのは、資源管理の主権が及ぶ範囲を示していますが公海です。従って、EEZ内では漁労、資源発掘、資源探査をしない限りどの国の船が何をやっても自由です。
次に、大和堆は日韓暫定水域に多く含まれるために、座標を示さねばむしろ日韓暫定水域(EEZ外)である可能性がきわめて高いです。
第三に、大和堆近海は、日韓暫定水域の設定がなされてなお、日韓双方の警備船艇、巡視船艇によるにらみ合いが続いており、たいへんに扱いがデリケートな海域です。そこで発生した軍事的インシデントについて座標やだいたいの位置すら示さずEEZ内であることを主張することは極めて不誠実であり危険な行為です。 (画像出典:鳥取県庁ホームページ)
韓国側では、ハンギョレ新聞の報道に見られるように、事態発生の座標は韓日中間水域(日韓暫定水域)の韓国側にちかい領域という図面が報じられており、座標や図面無しで「日本側EEZ内である」と繰り返したところで微塵たりとも説得力はありません。むしろ、日本側が日韓暫定水域を日本側EEZと誤るヘマをやって、訂正が効かずに固執しているのではないかと疑念を持たれるだけでしょう。
防衛省から座標と海域についてのろくな情報が出てこない結果、本連載第5回冒頭で示したように、韓国側のきわめて初期の報道にみられた図面を改変し、フェイク・ニュースを仕立て拡散していった日本側ネット右翼(ネトウヨ)とそれらを煽り煽られた政治屋によって、事態発生の座標すらまともに理解されていないという状況が日本側では創られています。
軍隊や軍事組織が作戦行動中の座標を秘匿するのはよくあることですが、現状では日本側の説明に説得力はほとんどなく、情報戦では完敗しています。本件事態発生のGPS座標など軍事機密でも防衛機密でもありませんので、韓国側が韓日中間水域(日韓暫定水域)であるとおおよその位置まで示している以上、日本側は大和堆付近のどこの座標で、それは日本側EEZであるか否かということを明確に示すほかありません。
なお、日本側で流布された偽図面とフェイク・ニュースは、現在急速に消えていっていますが、現時点でもいくつか検索(「レーダー照射 場所」)で見つかります。
また、座標については驚くほど日本側報道に情報がないことにも驚かされます。結果、この稿でも出所の明確な日本側主張の事態発生場所を示した図を引用できません。情報戦において完敗しています。
ここで一つ気になる図面があります。 (参照:“北の違法操業の監視開始 漁期前に先手 産経新聞” 2018/5/25)
産経新聞が昨年5月に報じた図では、日韓暫定水域が存在せず、日本側の主張するEEZが示されています。
「漁業に関する日本国と大韓民国との間の協定」(「新協定」1999 1/22発効)によって、このような図は公式には存在しないはずです(※2)。
しかし、漁業協定の所轄官庁ではない防衛庁が、日本のEEZについて日韓漁業協定を無視した発表を行っている可能性は皆無ではありません。事実、防衛省からは「日本側EEZ内」という言葉だけが表明されており、図面一つ出ていません。
また、もしも仮に日韓暫定水域を無いものとした場合、韓国側が主張する韓日中間水域内と防衛省が主張する「能登半島沖日本のEEZ内(大和堆近く)」は一致します。これは極めて深刻なことで、未だに確認されていないことではあってはならないことです。このような疑念など本来は生じることなどありえないのですが、防衛省の起こしてきた昨今の莫大かつ深刻な不祥事と今回見せた秘密主義が故に強い疑念が生じてしまいます。報道陣の今後の努力に期待します。
(※2:産経新聞の当該記事は、北朝鮮漁船を対象としているので、日韓中間水域を削除して記述する理屈は辛うじて通用する。しかし、北朝鮮漁船は、日韓双方にとっての取締対象である為、日韓暫定水域では海保、海警が共同してでも取り締まるべきものである。また、誤認などの可能性も発生する為、やはり日韓暫定水域は北朝鮮籍漁船が対象であっても明示すべき重要な水域である)
なお、繰り返し述べますが、事態発生の座標が日本側EEZ内であったか否かは、本質的には無関係です。日韓暫定水域内であってもEEZ内であっても海難救助活動(SAR)には無関係です。そもそも公海ですから、航行の自由が保証されています。唯一、関係があるのは、漂流中の北朝鮮籍漁船の存在を通報した韓国漁船がどこにいたかで、日韓暫定水域内であれば全く無問題、日本側EEZ内であれば、漁労していたか否かの記録を求める事ができるといった程度です。なお、日本側が遭難船を通報した韓国漁船について日誌の提出を求めたなどの報は一切ありません。
このように、何処で“Where”ですら分かっておらず、それどころか防衛省が「日本側EEZ」をどう定義しているのかにすら強い疑義が生じる有様です。
もはや座標を秘匿することを諦めて、正確な座標を公表するときではないでしょうか。これは情報公開をしてこなかったが故に生じた失敗です。
【What】
第三に何が起きたかです。このインシデントについて発生順に並べます。
日時不明: 北朝鮮漁船出漁
日時不明: 北朝鮮漁船遭難・漂流(長期間と思われる)
2018/12/20: 韓国漁船が北朝鮮遭難漁船を発見・通報
2018/12/20: 広開土大王、三峰号がSAR活動開始 (注)北朝鮮艦船が係る場合、海洋警察に加え海軍も向かう(交戦国なのであたりまえ)
2018/12/20 午後: 三峰号、広開土大王が救難活動開始 (注)三峰号が救難担当、広開土大王が警備にあたったと思われる。 (注)海警側のゴムボート2隻が救難にあたっている。
2018/12/20 15時頃: 海自P-1が韓国艦船と小型船を発見、接近する
2018/12/20 15時頃: 三峰号、広開土大王は救難活動中
2018/12/20 15時頃: 前後関係は不明だが、広開土大王は、IFF(敵味方識別装置)でP-1が友邦国(日本)の航空機であることを確認。そのうえでSTIR-180の光学モード(EOTS)にて観察、追跡開始(韓国側は、電波放射せずと主張)
2018/12/20 15時頃: 海自P-1広開土大王に1回目のビジュアルコンタクト (高度500ft:150m 距離500m程度)
2018/12/20 15時過ぎ: 海自P-1広開土大王に2回目のビジュアルコンタクト (高度約800ft:240m 距離500m程度)
2018/12/20 15時過ぎ: 海自P-1広開土大王に3回目のビジュアルコンタクトのため接近開始
2018/12/20 15時過ぎ: 海自P-1、戦術士が「FC系電探による照射」を確認、機長に報告
2018/12/20 15時過ぎ: 海自P-1、広開土大王より離隔開始
2018/12/20 15時過ぎ: 海自P-1、広開土大王の砲が指向していないことを確認
2018/12/20 15時過ぎ: 海自P-1、戦術士が「FC系電探による照射」を再度確認
2018/12/20 15時過ぎ: 海自P-1、下記の順番で広開土大王に呼びかけるも返答なし VHF緊急周波数 121.5MHz(AM変調:航空無線) 国際VHF 156.8MHz(FM変調:艦船無線) UHF緊急周波数 243.0MHz(AM変調:航空無線)
2018/12/20 15時過ぎ: 海自P-1、離脱。
2018/12/20: 韓国艦船、北朝鮮遭難漁船より乗員を救出 1名餓死 3名餓死寸前
2018/12/21: 岩屋防衛相「攻撃直前の行為。不測の事態を招きかねず極めて危険」と述べ、韓国に強く抗議。(参照:防衛相「攻撃直前の行為」 韓国駆逐艦が海自哨戒機に火器レーダー照射 – 毎日新聞” 2018年12月21日 21時36分)
2018/12/22 11時頃: 板門店にて死者1名、生存者3名を北朝鮮に引き渡した。(参照:韓国政府、救助された北朝鮮漁民3人と1人の遺体を板門店で引き渡し | Joongang Ilbo | 中央日報2018年12月22日13時39分 )
以上、重要と思われるところを日韓両国の公式発表をもとに並べました。
◆公式発表を突き合わせてわかる8つのこと
まず、今回の軍事インシデントで日本側では忘れ去られていることがあります。三峰号と広開土大王がSAR(Search and Rescue)活動をしていた対象が、餓死者と餓死寸前の人を乗せていた遭難船だということです。遣隋使、遣唐使の昔から知られるように、冬の日本海は恐ろしい荒れ海で、小型船は容易に遭難します。遭難すれば、漂着するか発見されるまで海を彷徨い、乗員は餓死します。当時の天気図をみますと、日本海は12月上旬から中旬にかけて荒天が続き、12/20当日は、珍しく穏やかな天候であったことが判ります。
従って、北朝鮮籍漁船が12月上旬から中旬にかけて遭難、漂流し、12/20に偶然、韓国籍漁船に発見され救難されたものの乗員は1名餓死、残りは行方不昧か餓死寸前であったことは理屈が通ります。
次に、大和堆近く、竹島の北東200kmの海域でしたら、日韓暫定水域の韓国側EEZ寄りですので、韓国漁船が漂流船を発見、通報することになんの問題もありません。もちろん、日本漁船が発見すればその船が通報したでしょう。その場合は、通報先が海上保安庁となり、海保の巡視船艇がSARを行ったと思われます。なお、北朝鮮籍漁船が無線機を搭載していなかったことを信じない人が日本には多くいますが、北朝鮮の漁船は保衛部と軍の監視下にあり、亡命(逃亡)やスパイ活動の防止、韓国・日本の情報からの遮断のためにラジオや通信機、航海器具の搭載が厳しく制限されていることはコリアウォッチャーの常識と思います。燃料も不十分であり、磁気コンパスだけという非常に危険な条件で漁労をしているために毎年、大量の遭難船が発生しています(参照:北朝鮮での漁労生活を振り返る 松原東秀 | ハフポスト2018年02月14日 12時23分)
第三に、韓国海軍と韓国海洋警察が現れたことですが、北朝鮮籍船が係る場合、主に海洋警察が所轄する警察行動やSAR活動でも韓国海軍も出動するとのことです。これは、北朝鮮が交戦国であり且つ、武装した工作員などによる警察力では対応できない抵抗も考えられるため行われているとのことです。同様に朝鮮半島の西側にある中韓中韓水域(中韓暫定水域)でも、中国武装漁船団による抵抗で海警艦が被害を受けたことにより韓国海軍艦艇も警備にあたっているとのことです。なお、韓国海軍、海警ともに大型艦船が少なく、竹島近海を担当する大型艦は第一艦隊旗艦の広開土大王と三峰号で、ほかは小型のフリゲイト、コルベット、警備艇ですので、広開土大王と三峰号が救難活動に現れたことも十分に合理的なことです。
第四に、海自のP-1が現場に現れた理由ですが、通常の哨戒活動中に偶然発見したのか、日本側が韓国艦船の無線を感知しP-1が向かったかは分かっていません。海自は韓国艦船の無線は知らなかったと述べていますが、SIGINT(SIGnal INTelligence: シギント。主として無線傍受による諜報活動)が関わる以上、事実がどうであったかはわからないでしょう。
実はこの点が韓国側との係争事項となっていますが、本来外交化させてはいけないインシデントを「韓国はけしからん(意訳)」として外交化させた安倍晋三氏の失策です(参照:渋る防衛省、安倍首相が押し切る=日韓対立泥沼化も-映像公開:時事通信 2018年12月28日18時38分)。
かつて日本政府は、KAL007便撃墜事件で中曽根康弘氏(当時首相)の独断で自衛隊の傍受テープを合衆国に渡し、日本の対ソSIGINTに回復不能の致命傷を与えた大失策を起こしています。中曽根氏が、後藤田官房長官など周囲の反対を排して虎の子SIGINTでの情報を合衆国に渡した理由が、「ソ連をギャフンといわせたかった(意訳)」と伝えられています。ソ連はギャフンと言って、大勢の高級軍人が粛清(左遷)されましたが、日本はその後、ソ連極東軍の無線情報の傍受・解析が極めて困難となりました(※注2)。
(※注2:極東ソ連軍の無線は何と平文が多く、日本のSIGINTによって情報は丸裸であった。KAL007便撃墜事件によって日本の傍受テープが国連で公開された後、ソ連側の無線は厳重に暗号化された)
第五に、海自のP-1がビジュアルコンタクトのために韓国艦船に低空接触を行っていますが、これは海自のP-3CやP-1にみられる標準的な偵察行動です。私の記憶ではP-2Jの時代から行っているはずです。P-3Cの活動は、1982年に放送されたNHK特集『シーレーン・海の防衛線』シリーズで詳しく紹介されていました。たいへんに優れたドキュメンタリー作品ですのでNHKアーカイブスにあれば、視聴をお勧めします。
P-1は、韓国艦船を反時計回りに囲むように飛行していますが、これはP-3Cには観測窓が左舷側にしか存在しないというロッキード社にありがちな謎仕様によるもので、P-1にはそのような謎仕様はありませんが、運用上踏襲しているのでしょう。海自P-1やP-3Cのビジュアルコンタクトは、高度500ft(150m)、距離500mで行うことが標準であるため、P-1は通常の行動を踏襲しただけという意識であったと思われます。そこに相手を威嚇するという考えはなかったと考えて良いでしょう。
一方定期便とはいえ、P-1のようなB-737とほぼ同じ大きさの4発ジェット大型機が500ft,500mで接触してくるとかなりの迫力であり、接触された側にとっては威嚇と受け取ることはありえます(大阪空港など、民間空港の滑走路軸線上で誰でも体験できます)。
少なくともSAR活動の最中にしつこく接触されて、とても鬱陶しいと感じたものと思われます。防衛省側が最終報告で「今まで500ft,500mで写真をとっても韓国側は文句を言わなかったのに今回は威嚇と文句をいうのは言いがかりである(意訳)」(注3)という内容を最終報告書にかいていますが、このインシデントを外交問題化させたことによって寝た子を起こしてしまった藪蛇(やぶへび)感がたいへんに強いです。実務者協議でなら、「海自さん相変わらずお見事ですね、少し手加減してくださいよ」(※注4)で終わる話でした。
(※注3:韓国海軍駆逐艦による自衛隊機への火器管制レーダー照射に関する防衛省の最終見解について【補足説明資料】平成31年1月防衛省。常に哨戒機左舷窓から同一高度(500ft 150m)、同一距離(500m)で撮影していることが分かる)
(※注4:海自哨戒機による低空接触飛行=ビジュアルコンタクトは一種のお家芸であり、他国ではあまり見られないとのこと。対象は友好国でも仮想敵国でも商船でもでも軍艦でもお構いなしで、冷戦時代より日本の海を守ってきた一種の日本名物)
第六に、インシデントの核心である電探照射ですが、韓国、日本双方の公式発表と、日本側公表の映像からイルミネーター照射でないことは自明です。インシデント発生直後から「イルミネーターである」、「ロックオンである」、「引き金をまさに引く寸前である」といった防衛省、官邸への寄生者や政治業者などの発言はすべて嘘か、無知による根本的な誤りです。そして、それらの嘘や誤りをもとにしたデマゴギーです。
防衛省は2018/12/21の最初の公式発表から、「火器管制レーダーを照射された」というたいへんに短い情報でこの点では一貫しており、2018/12/25岩屋毅防衛大臣記者会見でも記者からの質問に対して詳細は答えていません。
また、2018/12/21記者会見では、本インシデントについて一切の言及がありませんでした。岩屋防衛大臣による言及は、前述したとおり12/21の夜でした。イルミネーター照射であったなら、このような悠長なことをするとは考えられません。なお、防衛省が問題とする電探照射がSTIRによるものであると公式に表明したのは2019/01/21の最終報告によってであり、日本政府はその後の日韓協議を一方的に取りやめましたので検証は不可能です。
P-1乗組員の会話を映像で読み解く限り、戦術士は機長に「FC系レーダー波を探知」と報告していますが、それが何によるものか、何であるのかを確認していません。具体的にはイルミネーターか否か、射撃電探か、機種はなにか(この場合STIR-180、MW-08、ゴールキーパーCIWSが対象)を確認している様子がありません。また、機長はイルミネーター照射警報(レーダー警報)でなく戦術士からの報告ではじめて「FC系レーダー」で照射されていることを認識しています。これからもイルミネーター照射でないことは確実と言えます。
ただし、P-1の戦術情報システムやレーダー警報受信機(Radar Warning Receiver, RWR)が故障していたら話は別ですが、これはとても恥ずかしいことになります。いくらなんでもそれはないでしょう。
ここまでの事実の分析で、このインシデントを日韓間の外交問題化して一方的に決裂させ、日韓関係を悪化させてしまったこと自体が極めて深刻な誤りであったことが判ります。射撃電探照射はイルミネーター照射に比べれば遥かに危機程度が低く、両国間の実務者協議で真相を究明し、教訓を得、今後に役立てることです。
なお、私は何らかの電波について脅威度を誤判断ヒューマンエラーの可能性(※5)を疑っています。余談ですが、韓国海軍の運用するP-3Cと日本のP-3C、P-1のESM(電子支援装置)の基本構成は同じ(同一系統の派生)とのことです。従って、海自、韓国海軍は相互検証がたいへんしやすい関係にあると言えます。(注※5:ヒューマンエラーは、人間が関わる限り必ず起きる。それは故意でなくても起きるものであって、ヒューマンエラーにおいて操作者は悪ではない。ヒューマンエラーは、常に事象から教訓を得て対策を反映させることによって抑止するとともにヒューマンエラーが生じてもエラーの拡大を抑止するフェイルセーフ設計が求められる。そのためには、事態の真相究明と教訓の獲得が必須である)
第七に、P-1からの無線受信ですが、日本の哨戒機による低空接触飛行は、連載冒頭から書いておりますとおり、日常的なことです。従って、広開土大王はP-1から呼びかけられると思っていなかったと考えられます。韓国側は、一貫してSTIR-180は電波放射していない、STIR-180の電波放射には指揮部(司令部)の許可がいると主張しています。対空射撃電探でP-1を走査したのなら、P-1からの呼びかけは予期しえますが、対空・対水上捜索電探や対水上射撃電探での捜索によってP-1から呼びかけられることを予期していないことは首肯できます。
いずれにせよ、航空緊急無線での呼び出しを水上艦船が受信しないのは当たり前のことで、P-1が艦船用の国際VHFで執拗に呼びかけなかった理由はわかりません。また、韓国側の発表にもある通り、洋上で頻繁に起きることの一つに無線障害があり、テープにきれいに録音されていても作戦中で喧騒状態の戦闘指揮所(CIC)内で通信士が聴取できなかった可能性はありえます。ここにもヒューマンエラーの可能性が示唆されています。
防衛省は、遠く離れた練習機がP-1の呼びかけを受信できたと主張していますが、どの周波数であったか、現地の電波状況はどうであったか、受信高度などの条件を示さない限りまったく意味がありません。
この第七項目は、第四項目で係争状態にあると指摘した海自は韓国艦船の救難活動をSIGINTによって知っていたのかということにも関わりますので外交問題化させた状況で公に争うと藪蛇となってしまいます。
この無線による意思疎通の問題は日韓両軍の今後の関係、特に半島有事における邦人救出において極めて重要な教訓を含んでおり、本来ならば実務者協議で徹底して問題を洗い出し、教訓を得るべきことです。
第八に、韓国側が、北朝鮮遭難者を板門店で北朝鮮に迅速に返したことについて、様々な憶測やデマゴギーが日本国内で流布されていますが、北朝鮮遭難者の引き渡しは特別なことではありません(参照:韓国のEEZで北朝鮮船舶3隻救助 船員8人は帰還希望 聯合ニュース2016.12.15 15:41)。これは当たり前のことで、漁民は家族を本国に残しています。また、韓国にとって本人が希望しないのに脱北者として保護すれば非人道的なだけでなく、たいへんなお金がかかります。本人の意志に反して抑留すれば北朝鮮との外交問題化します。従って、本人が帰国を希望すれば板門店を通して帰還してもらうのです。アタリマエのことです。
◆泰山鳴動鼠一匹の日韓軍事インシデント
今回は、2018/12/20日韓軍事インシデント(電探照射問題)について、日韓両政府が発表した公式発表をもとにして事実を再構成しました。これは、本連載を通じて繰り返し述べているように、近隣友好国同士の軽度~中度の軍事インシデントとしては典型的なもので外交問題化するなど考えられないものであり且つ、たいへんに今後の教訓に富んだものです。
実のところ、防衛省、韓国国防部ともに公式発表は一貫した主張であって内容もシンプルです。日本側からの発表が具体性に欠き曖昧模糊としていますが、P-1という日本防衛の耳であり目であり、一番槍(※注5)である機密の塊が主役である以上やむを得ないところがあります。
(※注5:P-1などの哨戒機を「丸腰」「非武装」「丸裸」と称する政府寄生者や政治業者が多く見られるが、これは完全に嘘である。無知ないし、悪意甚だしい。P-1の場合、翼下に対艦ミサイルを8発搭載できることが「売り」であり、爆弾倉には魚雷、爆雷、爆弾ほか多種多様の武器を搭載できる。平時においては、費用と安全上、機密保持の理由から対艦ミサイルは懸下しないことが一般である。一方で、あたりまえだが防衛省、海上自衛隊は、平時の哨戒機の武装については一切情報開示していない。対艦ミサイルは視界範囲外から発射するし、爆弾倉に何がはいっているかは外からはわからない。P-1やP-3Cは第二次大戦では重陸上攻撃機にも分類しうるたいへんな重武装の軍用機である。なお、冷戦期の近未来軍事小説では、P-3CやS-3といった対潜哨戒機が、核爆雷、核魚雷、対艦ミサイルによって第三次世界大戦の火蓋を切る描写が多々見られた。その程度には哨戒機の重武装については常識である)
私には、このような今後のための教訓に富んだ貴重なインシデントがなぜ深刻な外交問題化し、日本側では官民挙げてのデマゴギーに基づくヘイトが垂れ流されるのか理解できません。まさに泰山鳴動鼠一匹そのものです。そして、日本は多くを勝手に失いました。
次回は、日韓両政府による1/21,22にでた公式声明や最終報告書を突き合わせて解説する予定です。
『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』番外編――広開土大王射撃電探照射事件について7
<取材・文・撮影/牧田寛 Twitter ID:@BB45_Colorado> まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中