「ブラックホール」は非常に知名度の高い天体ですが、その存在がカール・シュヴァルツシルトによって最初に予言されたのは1915年です (公表は1916年) 。アルベルト・アインシュタインが一般相対性理論を発表したわずか1か月後に、シュヴァルツシルトは一般相対性理論を解くことでブラックホールに当たる天体が出現することを数学的に証明しました(当時はまだ “Black Hole” という名称は与えられておらず、1964年に初めて使用されました)。
当初は実在が疑われたブラックホールですが、その後の天文学の発展により、ブラックホール以外では説明のつかない天体や天文現象が次々と発見されているため、今日では実在を疑う声はほとんどありません。しかし、ブラックホールは存在しないという考えは今も根強く存在します。その理由は「特異点」の存在です。
特異点はブラックホールの質量が詰まっている1点であり、大きさはゼロ、密度と重力は無限大です。問題は、ブラックホールが一般相対性理論の産物であるにも関わらず、その中心にあるとされる特異点の状態を一般相対性理論では解き明かすことができない点です。他の理論でも、特異点はブラックホール情報パラドックスといった厄介な矛盾を発生させます。
ある理論を解いた結果、その理論では取り扱えない何かが浮かび上がった場合、理論そのものに欠陥があるか、あるいは得られた結果が間違っているかのどちらかだと考えられます。一般相対性理論には今のところ(マクロスケールでの)欠陥は見つかっていないため、“ブラックホールは存在しない”と指摘する研究では、ブラックホールという“一般相対性理論を解いた結果”に何らかの間違いがあるのではないかと考えられています。
この場合、ブラックホールであると解釈されている天体は、実は “ブラックホールのように見える全く別の天体” ということになります。ブラックホールの存在を否定するためには、重力波の観測や直接撮影といった近年の天文学の成果と矛盾せず、理論的にも無理のない、“ブラックホールの代替天体”を示す必要があるのです。
【▲ 図1: 今回の研究でシミュレーションされた位相欠陥の外観(Credit: P. Heidmann, et.al.)】
ほとんどのブラックホールの代替天体は、一般相対性理論を超える枠組みの中で議論されています。一般相対性理論には特異点のような描写のできない限界が存在するため、一般相対性理論を置き換える拡張理論が模索されているのです。ブラックホールの代替天体は、拡張理論を作る過程で生じる、いわば副産物です。
ただし、現時点ではどの拡張理論も未完成の状態にあり、どれが正しいのかという議論にも決着がついていません。したがって、ブラックホールの代替天体の存在は、それを定義する拡張理論ごと否定される可能性があります。
ジョンズ・ホプキンズ大学のPierre Heidmann氏などの研究チームは、ブラックホールの代替天体のひとつである「位相欠陥(トポロジカル・ソリトン)」という天体について、理論的な内容と、その外観について検討を行いました。位相欠陥は「トポロジカル星」と呼ばれるタイプの天体の1種です。
位相欠陥は強い重力を持つ小さな天体であり、一見したところではブラックホールと見分けがつかないと考えられています。ただし、ブラックホールとは異なり、位相欠陥には中心部に特異点が生じません。非常に複雑に巻き上げられた時空によって、大きさのない1点に潰れてしまうことが回避されているからです。その一方で、“時空の巻き上げ”は表面にも表れるため、位相欠陥の外観にも影響を与えると考えられます。
【▲ 図2: 位相欠陥とブラックホールの時空図の比較。ブラックホールの中心部には特異点があるため、先端部が尖っている。一方で位相欠陥には特異点がないため、先端は丸くなっている(Credit: P. Heidmann, et.al. (Topological star) / Northern Arizona University (Black hole))】
研究チームが検討した理論的枠組みは “余剰次元のある非超対称性な重力理論” ですが、簡単に言えば「量子重力理論 (一般相対性理論と量子力学の統合理論) の中でもあまり深堀りしておらず、現実的にありそうな理論」です。位相欠陥という考え自体も古くから検討されているため、その詳細を理論的に研究することができます。
ブラックホールの場合、強い重力によって近くを通過する光の進む向きが曲げられます。そして表面(事象の地平面)よりも内側に入った光は二度と抜け出せないため、外観は “ブラック” に見えます。
一方、トポロジカル星の場合は近くを通過する光の進む向きが曲げられるという性質はブラックホールと同じですが、表面を通過した光の運命は異なります。複雑に曲げられた時空によって光の軌道は複雑に変化するものの、やがて放出されます。このため、トポロジカル星の外観は “ブラック” ではなく、背景に由来する非常に歪んだ複雑な模様が見えるでしょう。
【▲ 図3: 位相欠陥とブラックホールの外観シミュレーションの比較。ブラックホールは真っ暗な領域が中心部にあるのに対し、位相欠陥は非常に複雑に歪められた背景が写っている(Credit: P. Heidmann, et.al.)】
ただし、トポロジカル星の表面から放出される光は、背景の光を複雑に曲げて放出することになるため、非常に弱くなる上にノイズのように乱雑になります。仮にトポロジカル星を観測しても、降着円盤に由来する放射、重力レンズ効果で強められた背景の光、観測ノイズなどに紛れてしまい、表面からの光を観測することは極めて困難です。
そのうえ、トポロジカル星の周辺部の時空の歪みはブラックホールとほぼ同じであり、時空の歪み具合だけでは区別できません。このため、現在の技術ではM87中心部の画像のように“中心部が黒く見える=放出された光がない天体”として解釈されてもおかしくはありません。
現状の理論研究では、位相欠陥のようなトポロジカル星が実在するかどうかは不明です。ただし、将来的にはこのような天体の表面から放出される光を観測し、画像化することも可能であると予想されます。放出された光は赤方偏移をしているために、高重力の天体表面から放出されたのかどうか、そして位相欠陥を含め、どのような種類のトポロジカル星であるかを検討することができます。
また、このような弱い光の観測による画像化の試みでは、トポロジカル星以外に考案されているブラックホールの代替天体であるボソン星、グラバスター、ファズボールといった天体を可視化することができるかもしれません。技術と観測体制を発展させ、ブラックホールが存在するのか、あるいはブラックホールは存在せず、代替天体が存在するのかどうかを観測によって検討する余地はまだまだありそうです。
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文/彩恵りり