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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

時代劇の「足元」問題

時代劇映画ではっきりしないのは、侍が切り合いをする時に、下駄や草履を履いているのかどうかである。実際には、果し合いの前に草履や下駄を脱ぎ、草履なら懐に入れるか下駄ならどこかに置いてから果し合いをしたと想像できる。つまり「足袋はだし」である。草履や下駄を履いて跳んだりはねたりできないのは自明だからだ。草履の鼻緒など、いっぺんで切れるだろう。
なお、「跳んだり跳ねたり」は時代劇映画の話のことで、実際には跳んだり跳ねたりもほとんどしなかったと思う。跳んだら、次の位置は決まっているから、そこを打てばいい。跳ねるのも同様だ。
宮本武蔵の「五輪の書」のポイントはただ、「刀を振ることに慣れろ」に尽きるかと思う。素人は重い刀を自在に振ることは不可能だからだ。それを自分の思う軌道で動かすようになるのが剣術のアルファでありオメガだろう。

(以下引用)


第109回 足袋(たび)は贅沢品だった

 春たけなわである。そろそろ女性の足元も軽やかになる季節であろう。
 江戸時代は、靴下ではなく足袋(たび)を履(は)いていたが、それはもっぱら寒さしのぎの場合であって、庶民は病気でないかぎり裸足(はだし)の生活が日常だった。足袋は贅沢(ぜいたく)な履物で、多くの人々は裸足で下駄(げた)や草履(ぞうり)などを履いていたし、裸足で外を歩くことも珍しくなかった。
 明治34年(1901)5月29日、警視庁は裸足禁止令を出しているが、ペストの流行を危惧(きぐ)し、衛生を考えた上でのことである。明治時代になっても東京の街中を裸足で歩く者がそれほどいたということがわかる。
 江戸時代の絵を見ると、振り売り(行商人)などは裸足で街中を売り歩いている。もっとも、ガラスがなく、金属片もほとんどなかった時代だけにケガをするということもなかったろう。私は、まだグラウンドにガラスの破片などがあまりなかった昭和30年前後の頃、小学生時代に運動会でズックを履かずに運動足袋と称するものを履いて走った記憶があるけれど、今のランニングシューズより軽く便利だった。
 井原西鶴(いはらさいかく)の浮世草子(うきよぞうし)を読むと、老婆が革足袋を履いているというのは、ケチで流行遅れのものを大切に使っているということで出てくる。布製でなく革製の足袋は確かに長持ちするだろう。おそらく戦国時代などでは戦陣で戦うのに足元をしっかりさせるために革足袋を履いていて、その遺風が江戸時代にも残っていたということであろう。
 年寄りが冬場から春先にかけて寒さしのぎに足袋を履くことは江戸時代もあった。江戸城へ登城する年寄りの幕臣たちは、願い書を出して足袋の着用が許されている。だが、若い幕臣たちは裸足が原則だった。寒い冬の日、廊下を裸足で歩くというのは冷たくて大変だったろうと思うが、いざという時、足袋を履いてるために廊下を滑っていたのでは、武士の本分である剣術を全うできないと考えていたものだろう。
 平賀源内(ひらがげんない)の本草学(ほんぞうがく)の師匠でもある本草学者で医師でもあった田村藍水(らんすい)の息子で幕府医官を勤めた田村元長(げんちょう)は、天明4年(1784)3月、足痛のため夏冷えするので、登城の折には足袋の着用を許可していただきたいと願書を幕府に出している。元長が46歳の時のことで、幕府に許され、毎年のように出していたようでもある。
 時代劇などでは、江戸城で武士たちは足袋を履いて動き回っているが、正式な儀式で礼服を着用するとき以外は裸足が原則で、江戸城内にあっては足袋は老体になって許可された者だけが履くものであった。
 江戸の足袋屋は、寒い季節が商売繁盛で、足袋の形をした看板を掲げていた。分かりやすくて人々の目にとまりやすかったろう。その店先では、それぞれの大きさの足袋を箱の中にまとめて入れてあって客に選ばせた。これは乱暴な売り方のようだけれども、左右の足の大きさが違うことはよくあることで、足にフィットしたものを客に自由に選んで買ってもらうわけなのである。一見してズボラな商売をしているようだが、左右の足の大きさが違う客もいるわけだから、無駄のない実に合理的な販売方法といえた。




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シャレードの謎

大昔にオードリー・ヘップバーンの映画「シャレード」を見た時以来、この「シャレード」という英語の意味が分からず、今、その疑問を思い出したので、調べてみた。
確か日産だったか、車名に付けていたと思うが、車名としては変な命名である。
私自身は「シャレード」と「シャドウ」が似ているな、と思うだけで、どういう意味かは知らなかったし、調べることもできなかった。まあ、英語の綴りを当てずっぽうで調べればよかっただけの話である。


(以下引用)

シャレード

英語 Charade

シャレードとはなぞ解きのこと。

「うるま」の語源と意味

沖縄の人間のほとんどは「うるま」の語源も意味も知らず、一部の「沖縄知識人」の立てた妄説を信じ込んでいると思う。
私は沖縄生まれの沖縄県民だが、沖縄人のこうした「自画自賛主義」、過度な「郷土誇り」は欠点だと思っている。自惚れは自足となり、発展の障害となるからである。
ウィキペディアの下の記述は大略は正しいと思うが「ウルルンド」が「ウルマ」になったというのは音韻変化的に無理があると思う。「ルンド」が「マ」になるはずはない。

文献上は宗碩連歌用語辞典『藻塩草』(1513年頃)に「宇留間島(非日本か一説をきなふを云と)」とあるのが最古である

というのが、「うるま」だけでなく「沖縄(をきなふ)」の語源としても信頼性が高いのではないか。もちろん、「りうきう(琉球)」のほうが一般的だったと思う。むしろ「りうきう」の語源が何かが気になる。私としては「龍宮(りゅうぐう)」の漢字を「りゅうきゅう」と呼んだという説を立てたい。海のかなたの神秘の国、ということだ。それが「琉球」という漢字だとまったく意味不明で魅力もない。「をきなふ」に「沖縄」の漢字を当てるのも愚劣である。「なふ(発音は「のう」)」が「縄」にはならないだろう。もっとも「のう」と読める漢字にはロクなのが無いから「沖のふ」として、「ふ」に何かの漢字を当てるのはどうか。「府」はどうか。あるいは「浮」でも「布」でもいいが「縄」よりはマシかと思う。「沖之布県」は、語呂が悪いか。まあ、「龍宮県」が一番だろう。おっと、「自画自賛主義」になってしまったww

(以下引用)

うるまの島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

うるまの島(うるまのしま、うるま)は、沖縄県雅称宇流麻とも当て字される。

概要

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「島の名」としての用語の初出は、平安時代の歌人藤原公任千載集に載せられた歌、「おぼつかなうるまの島の人なれやわが言の葉を知らず顔なる(心もとないことだ。うるまの島の人だからだろうか、わたしの贈った和歌に知らぬ顔をしているのは)」とされる。

この場合「うるまの島の人のここに放たれて来てここの人の物言ふを聞きも知らでなんあるといふ頃返事せぬ女に遣はしける(うるまの島の人が日本に漂流してきて、日本人の言葉を聞いてもわからないでいるという評判の頃に、返歌をしない女に送った歌)」と前書されてあり、ここでの「うるま」が朝鮮半島鬱陵島(ウルルンド)であることは、すでに明治時代中期には佐々木弘綱佐佐木信綱父子が朝鮮半島の属島と明記し[1]、後述の古典籍の記述からも、古典文学、和歌研究者の間での定説となっている。

大日本史』(巻234)[2]によれば、【藤原行成の『権記』に寛弘元年(1004年高麗人の因幡漂着が記述され、『本朝麗藻』によれば食料を与え帰国させたとあり、この漂流者は『大納言公任集』によれば新羅宇流麻島人で、『東国通鑑』では芋陵島人である(本朝麗藻では「迂陵島」)】と記述されている。日本語の通用しない相手としての「うるま」としては、同じく平安時代の『狭衣物語』にも「こはいかにとよ うるまの島の人とも覚え侍るかな(どうしたものか、言葉の通じないうるまの島の人のようにこちらの心が通じない)」と使われている。

『千載集』(1188年)に採択される前に編纂された私家版の『公任集』(1041年頃)の詞書(前書)には「しらぎのうるまの島の人」とあるものが、千載集では国名が省略されてしまったため、これが後に何処とも知れぬ辺境の異邦人の島の代名詞となり、異郷の島の呼び名となった。

なお、「うるま」の言葉自体は藤原仲文の歌、「ゆきかよひ定めがたさは旅人の心うるまのわたりなりけり」が初めとされるが[3]、こちらは美濃の宇留間(岐阜県各務原市鵜沼)のことである[4] 。

室町時代には、当時の琉球国室町幕府に遣使し本土との交易を行ったころから、辺境の島としての「うるま」が沖縄を指すようになった。文献上は宗碩連歌用語辞典『藻塩草』(1513年頃)に「宇留間島(非日本か一説をきなふを云と)」とあるのが最古である[5]安土桃山時代里村紹巴が『狭衣物語』の注釈書『下紐』に「琉球をうるまの島と云と也」と書いてこれが定着したものと考えられ、江戸時代前期に成立した和歌用語辞典『和歌呉竹集』には「うるまのしま国 又うるまの国ともいふ 琉球国の事也」と明記されている。連歌用語辞書『匠材集』(1597年)では「うるまの國 りうきうなり」、「うるまのしま えそか嶋也」と沖縄と北海道が並べられ、「言葉の通じない異郷の地」の意味合いで「うるま」という名は認識されていた。

琉球側文献では、古語も多く含まれる古歌謡集『おもろさうし』(1623年)にも「うるま」の記述はない。17世紀末に識名盛命(唐名は毛起龍)が和文体の紀行文『思出草』(1700年)に薩摩と日本本土での琉球の別称として記したことから、琉球人の間でも知られるようになったが、知識人以外の一般への定着はならなかった。

もっとも、江戸時代中から「うるま」と琉球国の関係については疑問が呈されており、『古事類苑』に引用される嘉永3年(1850年)の山崎美成『琉球入貢紀略』では、『下紐』の記述からそう言われているが「うるまは新羅(今の朝鮮なり)の属島にして琉球にはあらず」「うるまは迂陵の韓音なりといへり」と断言されている。

海外においては李氏朝鮮の『海東諸国紀』(1501年)や、中国明朝清朝冊封使が遺した『使琉球録』各書などに当時の単語・会話文が収集されているが、それらの中でも「うるま」に該当する言及は無い。ようやく『琉球説略』(1877年)に「琉球古云宇留間島 起於日本西海道薩摩国之南百四十里海中」とあるが、すでに明治政府により日清修好条規が結ばれ、日本国内の情報も広まった段階であった。

20世紀に入り、大正時代以降に本土の文人が沖縄の美称として「うるま」と呼ぶようになったことから、沖縄県民の間にも広がるようになる。昭和10年(1935年)には明仁親王の乗馬として宮古馬が選定され、右流間(うるま)と名付けられた。戦後は煙草の銘柄としてうるまが販売され、逆に本土でも沖縄の雅称として有名となり、県民の間にも名称が定着して、ついには地方自治体としてうるま市が誕生する次第となった。

近年は「うるま」の語源は沖縄方言で「珊瑚の島」(「ウル(珊瑚)」「マ(島)」)とされるが、民間語源に過ぎない。

沖縄方言語源説は波照間島の名の由来としての「ハテウルマ」説から始まっている。笹森儀助の『南嶋探験』に「極南端ニアル波照間島ノ義ハ「ハテウルマ」の転語ニシテ古ヨリ我カ国境タルコト其名称ニ依テ明也云々右西氏ノ物語ナリ」とあり、明治26年(1893年)に西常央長崎県出身、明治中期に八重山役所長や首里役所長)が提唱したのが端緒とされる[6]

「ハテウルマ」が沖縄古語であるとの前提でそのままこの説が取り入れられ、柳田国男は『海南小記』で「波照間の島はすなわちハテウルマで、うるまの島々の南の果て、の意味であろうということだ」とし、宮良當壯は『南島叢考』で「『ウル』は海石(珊瑚石)或いはその砕けた砂礫をいい『マ』は島の『マ』と同じく場所を表すのであろうと思われるから、ハテウルマは日本の端の砂礫からなる島と云う意味であろう」としていた。

現状の語源説では「ウル」は珊瑚の意味ということが独り歩きしているが、宮良が指摘するように沖縄方言での「ウル」は本来(珊瑚の砕けた)粗砂を意味し、「シマ」が「マ」に変化したという点も言語学上の変遷の根拠に欠ける。また、この「うるま沖縄方言説」は戦前より、伊波普猷東恩納寛惇らによる本土・沖縄の古典記述を元にした論考で批判を受けていた。

現在「うるま」は沖縄の歴史と文化の独自性を表す言葉として多用されているが、結果として本土の文化との強いつながりを示すこととなった。

参考文献

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脚注

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  1. ^ 佐々木弘綱佐佐木信綱『日本歌学全書 第三編』博文館1890年「志らきは新羅にて三韓の一つの国なり そこにあるうるまの島人の物いひの聞知かたきをたとへにいへるなり 此歌千載集恋一に入て四の句わがことの葉をとあり」
  2. ^ 訳文大日本史5(後楽書院、明治45年)P.674, NDLJP:771746.
  3. ^ 『仲文集』(992年頃)藤原仲文「(前書)美濃国のうるまのわたりにて ゆきかよいさだめがたきは~」、『後拾遺集』(1087年源重之「あづまじにここをうるまということはゆきかふ人のあればなりけり」。仲文と重之は同時代の人であるが、私家集の公開時期から先になる。
  4. ^ 鵜沼宿鵜沼の渡し(うぬまのわたし、うるまのわたり)は木曽川渡し船。後世、歌枕の一つのような扱いがなされている。
  5. ^ 島村幸一, 小此木敏明, 屋良健一郎, 綱川恵美「「琉球文学」資料注釈4『浮縄雅文集』上 蕉雨亭」『立正大学人文科学研究所年報』第55号、立正大学人文科学研究所、2018年3月、45-76頁、CRID 1050011550986875264hdl:11266/00011328ISSN 03899535
  6. ^ 末次智「沖縄の西常央:近代的沖縄研究への架け橋として」(PDF)『京都精華大学紀要』第36号、京都精華大学、2010年、87-108頁、CRID 1520853833737107072ISSN 09173986。「含 英語文要旨」

タイヤの空気圧

まあ、常識と言えば常識だが、私のようにほとんど忘れている人間も多いだろうから、載せておく。

(以下引用)

クルマの空気圧とは?適正ではないと何が起こるの?

 クルマのタイヤの空気圧は、適正にすることで乗り心地を良くし、走行性能を発揮してくれます。

 一方で、空気圧は引きすぎても高すぎてもいけないとされ、適正ではないと様々なトラブルが発生する可能性が高まります。

【画像】「これはアウトー!!」 これが今すぐ交換すべき「危険なタイヤ」です(17枚)

 では、トラブルとは一体どのようなものなのでしょうか。

クルマの空気圧とは?適正ではないと何が起こるの?(画像はイメージ)
クルマの空気圧とは?適正ではないと何が起こるの?(画像はイメージ)

 まず空気圧が低すぎると、タイヤのショルダー部分の「偏摩耗」が起こりやすくなります。

 偏摩耗とはタイヤの寿命が短くなってしまうだけでなく、騒音や振動の原因になります。

 また、ヒートセパレーションという発熱による損傷や、自動車が水の上を滑ってハンドルやブレーキが利かなくなるハイドロプレーニングという現象が発生します。

 他にも燃費や操縦安定性が悪化してしまうので、デメリットしかありません。

 逆に空気圧が高すぎても、タイヤのセンター部分の偏摩耗が起こりやすく、空気圧が低い時と同様のデメリットがあります。

 さらに、乗り心地も悪くなり、跳ねるような感じにつながり、車内が揺れるように感じてしまうことも。

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 また、タイヤが傷つきやすくなるため、衝撃や空気圧に耐えてくれている部品が擦れて露呈してしまう「コード切れ」が起こり、最悪の場合走行中に突然バーストするかもしれません。

 

 空気圧が適正ではないと、タイヤが損傷し、走行に支障が出るため、大きな事故につながりやすくなってしまいます。

 そのため、定期的にタイヤの空気圧を調べ、適正な数値にしておくことが大切です。

 それでは、タイヤの空気圧はどのように管理するのが良いのでしょうか。

 適正な空気圧は車種によって異なります。

 車両指定空気圧というものがあり、運転席のドア開口部の下や目立つところに、基準値を示したラベルが貼ってあることが多いです。

 空気圧は自分で測定器を持っていたら測ることができますが、持っていない場合は、ガソリンスタンドやタイヤ専門店で調べてもらえます。

 では、実際に空気圧をチェックする時のポイントについて都内のタイヤ専門店担当者は次のように話します。

「最低1ヶ月に1回はタイヤの空気圧をチェックすることを推奨しています。

 また、長時間運転や高速道路で運転する予定がある場合にも確認することで、大きな事故や損傷を防げる可能性が高まります。

 

 実はタイヤの空気圧は自然に抜けてしまうもので、1ヶ月に約5%ほど低下してしまうので、知らないうちに空気圧不足になっているお客さまは多いです」

 また、その他のポイントについて、前出の担当者は次のように話します。

「タイヤの空気圧を確認するときは、タイヤの温度に注意してください。

 タイヤが温まっていると膨張で空気圧が高く示されるので、できるだけ冷えている時に行うことがおすすめです」

※ ※ ※

 ガソリンスタンドで確認するときは、走行中によりタイヤが温まっていますが、膨張している分も考慮して管理してくれるようです。

 そして、空気を入れるときは、基準値から20kPaの範囲で調節したり管理したりすることで、自然と抜けてしまう分も考慮することができるそうです。

 重い荷物や大人数が乗る場合には、空気圧をやや高める人もいるようですが、高すぎるとトラブルに繋がるので、あまり入れすぎないように心がけることが大切です。

 また、タイヤの空気圧を確認するときは、それだけでなく溝が摩耗していないか、タイヤの部品の損傷や損失がないかも確認してあげることで、より安全に走行することが可能になります。

イギリスの近代の貨幣単位

少し昔のイギリスの推理小説黄金時代の推理小説などを読んでいてイライラするのが、出てくるカネの単位である。まったくイメージがつかめないからだ。
私は、1ポンド=1000円というイメージで読んでいるが、それ以外だと、たとえば1ペニーは10円くらい、という感じだが、その他の貨幣単位はまったくイメージがつかめないし、貨幣ごとの換算も理解できない。
そこで、ジュブナイル的なクリスティ全集の解説にあった換算表の一部を紹介する。
ちなみに、貨幣の1ポンドは銀1ポンド(約450グラム)に相当する価値だったようだ。

1ポンド=100ペニー(ペンスはペニーと同じ)
1シリング=5ペンス
1ソヴリン(金貨)=1ポンド
1クラウン=5シリング
1フローリン=2シリング=10ペンス
1シリング=10ペンス
1ペンス=4ファージング
1ギニー=1ポンド


以上は時代が異なる貨幣単位も含めての大雑把な貨幣価値である。最小単位がファージングとなるだろうか。しかし、実際にはペンス(ペニー)がほぼ最小単位だったと言えるのではないか。
なお、時代的差異もあるし、書き写し間違いがあると思うので、現代のイギリス旅行などではこの換算表は使えないことを注意しておく。あくまで、推理小説を読む際のイメージ上の話だ。


(追記)今、読みかけの現代イギリスのジュブナイル小説の中では「夕食代には10ポンド札が1枚あれば十分だ」という言葉があったので現代イギリスの貨幣価値は20世紀初頭から中期のころの10分の1くらいに低下し、1ポンドが100円くらいと見ればいいかと思う。貨幣価値はほぼ確実に時代とともに低下するのである。それは、「利息」がある以上、発行貨幣の総額よりも小切手その他で「膨らんだ」流動性、つまり貨幣・紙幣・小切手・証券その他のカネに相当する「モノの価値の象徴的存在」の発行額面が年々増える、つまり額面より価値がどんどん低下するからである。言い換えれば、「金融資本主義には運命的にインフレ(カネの価値低下)が伴う」わけだ。