論理と創造性
(以下引用)
青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳
被爆差別の起こりを歴史的に 検証してみよう。 被爆差別が被爆体験からスタートするのは言うまでもない事だが、実は差別が生み出された背景に原爆投下決定に関する大国のエゴが深く関わっている。 その為そこまで歴史を遡る事になり、少々退屈かもしれないがおつきあいしてほしい。 【被 爆 前 夜】 日米戦争においてのアメリカの原爆投下決定の真意 45年7月17日、日本の終戦問題などを議題とするポツダム会談が連合国の米英ソ連の間で行われた。 丁度前日の16日、米トルーマン大統領は世界初の原爆実験成功の報を受けていた。ポツダム会談のさなかの7月24日反ソ連派で知られるトルーマン大 統領は、ソ連が日本に対する戦争を始めようとしている動きを封じるために一刻も早く日本の敗戦を促そうと原爆を投下することを決定した。それは第二次世界 大戦が終結した後に米英ソ連が敗戦国占領を行う際に、東アジア地域においてソ連が発言権を増大させる事を嫌ってのことであった。このような「大国政治」の 思惑で、すでに死に体で敗戦は時間の問題であった日本に、強いる必要のない余計な犠牲をもたらしたのである。 日本政府の「国体護持」 「満州国」という、実態は日本のあやつり人形国家を建設した日本は日中戦争が泥沼化して、戦争遂行が困難になってもまだその確保にこだわっていた。 そのため中国国民党政府やソ連への和平工作は最後まで難航していた。 7月26日、米英ソ連の連合国はポツダム宣言を発す。そこには原案にはあった、日本の「国体護持」(国家安泰をまもること)に関する条項の第12 項が削除されていた。 これは当然日本にとっては即時に受諾することは難しい厳しい条件であった。トルーマン大統領にはあえてそのような難題を日本に突き 付けて原爆を投下することの口実にしようという策略があったのだ。当然のことながら28日、鈴木首相はポツダム宣言を黙殺する談話を発表し、アメリカの思 うツボとなる。 こうして戦争をしかけて多くの国民に犠牲を強いながら、勝ち目がなくなると首脳部の安全だけを考えていた日本政府の裏切り行為も原爆投下に一役 買ったわけである。 【被 爆 当 日】 8月6日 ヒロシマ ウラン235原爆『リトルボーイ』 被爆後4ヶ月以内の死者9〜12万人 8月9日 ナガサキ プルトニウム239原爆『ファットマン』 死者6〜7万人 爆心地付近は瞬時に一切が粉砕され、屋外にあった全生物は即死、屋内にいたものは倒壊家屋の下敷きに。ついでいたるところで出火、一面の火の海に多 くの者が焼かれた。爆心地から1キロ以内で90%が死亡した。貧弱な救護医療体制のなかでかろうじて生き残った人々も被爆後二週間をすぎたころより顕著な 放射線障害に襲われ、急性障害(45年12月末まで)による死亡、広島で13〜14万人、長崎で7〜8万人にのぼった。 【被 爆 後】 米占領軍の原爆政策と日本政府の追随 日本が戦争に負けるとGHQ連合国軍総指令部による進駐が行われた。実際はアメリカ軍一国による占領だった。進駐軍は日本の武装解除、民主化を進め る一方で、今後の戦争に備えて、爆撃効果の情報収集を行った。とりわけ未曾有の「効果」をもたらした原爆の威力のデータ収集に強い関心を持っていた。その 作業を担ったのがABCC原子爆弾傷害調査委員会という組織であった。 しかしその調査というのは前述の通り、将来の戦争に備えて兵器の効果を調査する事が目的であり、被爆者は単なる「研究対象」=モルモットとして扱わ れた。研究はするけれど治療は行わない。そしてその情報はすべて米占領軍の機密扱いとして吸い上げられてしまう。占領下の日本政府はこうしたアメリカの政 策に言いなりになるばかりか積極的に協力していった。そして適切な処置がなされぬまま多くの被爆者が犠牲になって命を落としていった。たとえ生存できたと しても軍事機密である被爆に対する知識は日本の医療関係者には全く公表されなかった。そのために被爆者は症状に苦しまされることになる。 ことは医療現場にとどまらない。占領軍は戦後4年余にわたりCCD民間検閲支隊という組織を通じ電信電話郵便マスコミ果てはミニコミにいたるまで徹 底的な検閲制度「プレスコード」を敷き、言論統制と情報収集をおこなった。原爆に関する検閲はとくに厳しかった。 そうした情報統制や政治の貧困が「原爆病は触れるとうつるんではないか」とか「遺伝するのではないか」とか「被爆者と結婚すると奇形児が生まれる」 という誤解や偏見をもたらすことになる。 このようにして被爆者を市民生活から遠ざけたり、結婚に対する差別、就職差別が生まれる土壌が出来ていった。 以上、長くなったが「原爆投下」と「被爆差別」が大国エゴのもたらしたものだということがおわかりいただけたと思う。 第1部(1)被爆差別とは?へ戻る 第1部(3)抗議団体の姿へ進む |