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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

医療をどこまで信じるか

私は小田嶋隆氏を「師」と呼ぶほど尊敬しているが、ここで「バカ過ぎる」と言われている年寄りはまさに医療に関する私の姿勢そのもので、医療の有益さはもちろん認めるが妄信してはいけないと思っている。
不正医療や医療過誤によって健康や生命まで失った例は無数にあるだろう。また血圧基準など、明らかに製薬会社と医療界の癒着によって決まったものだと私は信じている。
基本的に医者(医学界)というのもカネ儲けが第一の目的であるというのはあらゆる商売と変わることはない。患者側に知識が無く、言われた通りにいくらでもカネを出すだけ騙しやすい商売である。




・自分の体は自分が一番わかっている。
・医者は検査漬け薬漬けで儲けたいだけ
・必要な薬は自分で見極める
・ダメな医者は経験で判別できる
・自分の正しさは、長生きをしていることからも明らかだ

 ……てな話を知り合いの年寄りから聞かされるのはキツい。バカ過ぎて返事に窮する。







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高血圧の効用

「日刊ゲンダイ」記事の一部だが、降圧剤の「副作用」は、個人差があるだろうから、製薬会社や研究者が副作用の対象としていないものの中に重篤な障害がある可能性がある、と私は見ている。
要するに、高齢になるほど高血圧になるのは「自然の摂理」であり、高齢者にはそれが必要という自然の計らいなのだから、それを下げる必要性が本当にあるのか、ということだ。
そういう意味では全年齢で同じ血圧帯を正常と見做すというのは愚かしいと思う。
昔のように「年齢+100」(「年齢+90」だったか)というのが健康血圧の正しい基準だろう。私はさらに、「体格による適正血圧」もある、と思っている。
もちろん、高血圧だと脳溢血や脳梗塞の可能性が高くなるのだろうが、「高血圧の効用」というのもあるのではないか、ということだ。私が前に書いた、「高血圧者には癌が少ない」という仮説などがそれだ。下の記事のように、「高血圧者には(降圧剤を飲まないかぎり)認知症が少ない」という仮説も可能かもしれない。





米で注目の研究結果 高齢者の血圧下げ過ぎは認知症を招く

薬の過剰投与の影響か

①中年期から正常血圧(正常→正常) 833人

②中年期は正常血圧→高年期は高血圧(正常→高血圧) 1559人

③中年期から高血圧(高血圧→高血圧) 1030人

④中年期は正常血圧→高年期は低血圧(正常→低血圧)  927人

⑤中年期は高血圧→高年期は低血圧(高血圧→低血圧)  389人

■薬の過剰投与が影響か

 5回目の血圧測定時と2016~17年の2回、認知機能検査を行ったところ、4761人のうち516人が認知症を発症。5グループごとに100人当たりの認知症発症率を計算すると、①1・31人②1・99人③2・83人④2・07人⑤4・26人で、③の高血圧→高血圧より、⑤の高血圧→低血圧の方が認知症になりやすかったのだ。





難病治療と経済問題

自分の家系が癌家系であるというスレッドのコメントのひとつだが、癌や難病の最大の問題は、経済的問題だ、ということを医療側はまったく無視する傾向がある。癌で死ぬより家が破産して自殺するのが先ではないかwww 患者が早く死んでくれたほうが、家族は助かるのではないだろうか。




  • 3. 名無しのJ民
  • 2019/09/08 20:09
  • 親が癌になってから解ったが、国保の1割負担&限度額設定でも湯水のように金が飛んでいくよ。
    亡くなる頃には貯金も殆ど吐き出してしまってる状況。
    資産家でも無い限り保険は入っておいた方が良い。




医療は「一般論」

兄のブログだが、5年余りも脳出血後のリハビリをしてきた人間の実体験からの言葉だから貴重な証言だろう。医療というのは「一般論」でしか治療をしないから、個々の不成功は「運が悪い」で終わる。だが、それは医療側の勝手な言い分だろう。
兄のブログ内容と現実の我々の時間とでは半年ほどのタイムラグがあるが、少し前に電話をした時にはかなり元気だったから、おそらく下の「新しい治療」は成功しているのかと思われる。
まあ、断言はできないから、この先のブログ内容を見守りたい。
なお、兄のブログは、社会的事件に関してはマスコミ報道丸のみで、そのためにほとんどネトウヨに近い。石原慎太郎や櫻井よしこを高く評価しているのだから、私とは正反対だ。


(以下引用)容量により後で一部カットするかもしれない。


Diary 259 日本はおろか、世界中の医学者が陥っている現状が、麻痺は治らないが医学の常識なのだ。

Diary 259   日本はおろか、世界中の医学者が陥っている現状が、麻痺は治らないが医学の常識なのだ。



想像の世界とは、僕が世界の事や、もし、こうだったら、なんてことを、過去と未来に関わらず、思っていることを色々と書いてきた。

勿論、今も世界情勢や、いろいろ書くこと、書きたいことはあるが、今は新しい自分へ挑戦しているので、中々その他の事には、気が回らないのだ。

でも、そろそろ方法も固まってきたので、ときには外の世界も見なければ、やはり世界は自分1人で動いているわけではないもんな。



ま、皆さんも、つまんないだろうが、でも僕のこととしてではなく、堀尾さんが始めた事は凄い事で、脳出血や、それ以外の麻痺で、体が動かず苦しんでいる人は、世界に数千万人もいるわけで、その人たち全てに、その恩恵が行き渡る日のことを考えれば、今世界中で起こっている、つまらない政治上の争いを、なくすかもしれない位の革命が、起こるかも知れないとすら思えることなんだと、僕は思っているし、皆さんにも、何となく分かってくるのではと思うので、しばらく付き合ってください。

だから今、毎日楽しい思いで、挑戦を始めたわけです。



昨日はリセイに、”肩や足に痛みはないか”、と聞いたら、”全くない”、と答えた。

ちょこちょこ何名かの麻痺の人に、痛みについて聞くが、今のところ1人も、”痛い”、と答えた人はには会っていない。

”うーん、これが麻痺か”、とも思うのだ。

なぜ僕はこうも痛いんだ?、と、結局その答えは、麻痺を直そうと、努力すればする程いろんな症状が悪くなるということ、つまり医学が見捨てた、麻痺の患者の辛い現場そのものなのだ。



しかも、これは医学者、つまり医者や、リハビリに関わった人、誰1人として悪くないと言うところに、逆に問題があるのだ。

医療に関わる人全て、つまり下地診療所と、その関連施設全て、つまり僕が通っていたアルクラも当然そうだ。

アルクラにしろ、下地診療所にしろ、僕は楽しく通わせてもらったし、働く方々はすべて一生懸命、熱心に面倒を見る努力を続けてくれたのだ。

ただ、彼らも、全て脳出血の後遺症についての知識は皆無だったのだ。



今、日本はおろか、世界中の医学者が陥っている現状が、まさにその通りで、麻痺は治らないのが医学の常識なのだ。

治ったのは、”運良く軽かった人”、なのだ。

重かった人は、その痛みに耐え続けるか、麻痺から発生する手や足の曲りや、固まりに耐え続けるか、訪れる死を迎えるか、これが世界の医療の現実なのだ。

僕も、5年7ヶ月余り、日々増す痛みに耐えて、リハビリと、健康維持に努めてきたが、努力すればする程、益々痛くなり、最近は歩くこともままならんと言う状態だった。

それでも、何故だろう、何だこれはと、いつも考え続け、加持さんと一緒に、歩行訓練も320mを、なんとか25分以内で歩くと言う目標を、それなりに楽しく続けていたが、とうとうを最後は、100mほどで終わりにしたのだ。



結局、その日でアルクラは一旦停止の状態で、今に至るわけだ。

つまり、歩くのが辛くなり、困難になってやめたようなもんだが、もう一つ、”奇跡の復活”、と言う本との出会いによるわけで、これは下地診療所の穂閑大先生が、僕に、”この本を書いた人が、伊良部にいるらしいから会ってみたら”、と言ったことを思い出して、”そういえば大先生、そんなこと言っていたな、では本でも買ってみるか”、と言って、直実に、”奇跡の復活”、と言う本を買ってきて”、と頼んだら、”奇跡の復活”、と、”続・奇跡の復活、麻痺は治る”、を買ってきたので、その本を読み、僕はその日までの謎が、全て解けたのだった。

僕の麻痺は、今は悪化のどん底とも言える状態だ。

つまり、麻痺のしびれが強くなり、痛みとなり、指は動くが、腕も肩も動かず、股から足はグラつき、おかしな動きをするわけで、うまく歩けないのだ。



僕は、このような人をたくさん見るのだ。

そして、出会った人は皆、僕同様、大変な努力をしているが、おそらく僕同様、どんどん悪化すると思う。

つまり、努力する人ほど報われないのが、今の麻痺からの脱出のできない医学の現場なのだ。

僕のような患者が言い続ければ、少しは変わるかもしれないし、”素人が変なことを言って迷惑だ”、で終わりかもしれない。

でも、現実患者は皆苦しんでいるのだ。

その患者の苦しみを、よくよく考え、もう一度医学を志した目的を、よく考え直してみたら、必ずもっともっと謙虚な気持ちになって、患者の気持ちがわかると思う。



医学と、それに関わる全ての仕事が、1番大切な仕事である。

子供たちを教える仕事も先生、医者も先生、すべて人を育てたり、作ったりする仕事をする人は、先生として崇められる。

ただ、その先生の名に相応しくない人が、いかに多いか、逆に相応しい人は1割もいないのではないかな。

それでも、先生がまかり通るのだから、ありがたいもんだ。

だから、特に医療関係の仕事をする方々には、全てに言いたいのだ。

患者は、皆苦しんでいる。

間違った知識は、それこそ命取りだと言うことなのです。



さて、これから準備をして、下地診療所に薬をもらいに行ってきます。

又、色々と後閑大先生と相談してみます。

今月は、もう月末です。

加持さんとも、会いたいですね。

他の人たちも、いい人ばかりだ。

これは、下地診療所や、リハビリセンターも同じで、皆いい人だけなんだ。



ただ、脳と神経の病は、一筋縄ではいかないので困るのだ。

だが、もう困るなんて言ってはおれないなと、今回新たな挑戦を始めたわけだ。

さて、今日は下地診療所に行って、五閑大先生といろいろ相談した。

それで、3種類の薬に絞り込んでもらった。

7種類から3種類に絞り込んだだから、まずは大成功だ。

後閑先生には、とても感謝している。

ありがとう、後閑大先生。

今日は嬉しい日だ。

これで、一段と健康維持できると思う。

さぁ再出発だ。



2019年 4月22日


リハビリ方法や降圧剤への疑問

何度か書いている、兄の闘病記の一部である。
脳出血(の後遺症)からの回復を目指す人の参考になりそうな部分だけ抜粋する。
リハビリ自体が(その方法が間違っていた場合には)回復を妨げ、新たな後遺症の原因になる、という考えは、それが正解だった場合には世の中に大きな貢献をするのではないだろうか。
なお、兄は今でも降圧剤を飲み続けているようだが、その降圧剤が体に悪影響を与えている可能性が無いだろうか。(兄がしばしば訴えている体の痛みなどが降圧剤によるものだということだってありうるだろう。)血圧が105から120の間というのは、下はともかく上はむしろ低血圧と言っていいほどだと思う。おそらく兄は私同様、脳出血で倒れる前はかなり高血圧だったと思うのだが、70歳くらいまで高血圧だった人間が薬で血圧を下げることで本当に害が無いのかどうか、非常に疑問に思う。脳出血の原因だって、本当に高血圧のためかどうか、わかったものではない。

(以下引用)






そして、今7種類飲んでいる薬も、ちょっと異常だと思うので、できたら全部辞めたいと思う。

もしどうしてもと言えば、とりあえず血圧と、痛み止めのリリカぐらいを飲もう。

痛み止めはいまいち効き目は薄いけど、確かに飲まないと、より痛いのは事実だから、多少は効いているけど、これに耐えるのも、いいかなと思ったりもしているのだ。

血圧だって、この薬をやめたら死ぬよと、直美は激怒するが、果たしてそうかなー、とも思うのだ。

だって、5年7ヶ月前、倒れた時と今とはかなり健康状態は、今の方がいいはずだ。

酒もタバコもやめて、食事にも気をつかっているし、糖分も抑えているし、ほぼ言うことなしだと思うよ。

血圧も常に105から120ぐらいの間で、たまに上がっても140位だから、もう薬に頼らなくてもいいと僕は思うけどね。

一応、来週診療所で薬をもらう日だし、5年7ヶ月、診療も5分で変わらないけど、大体3時間待ちだし、これも異常だよ。


(中略)


堀尾さんも、必ず治ると言ってくれているし、今はそれを信じてやるといいと思う。

アルクラは、皆いい人だし、それは今もとても感謝しているが、実際問題としては、結果としては、皆それを信じて良くなるようにと、いろいろやっているが、僕の脳出血後の後遺症には、悪いことだった。

下地診療所でも、アルクラでも、良かれと思って、体の筋トレには、人一倍努力して、目標はエグザイルと、いつも言って頑張っていたが、逆にその為に、痛みはどんどん増し、股も肩も耐えられるギリギリまで来た。

ところが、後遺症で麻痺しているみんなは、全然痛まないと言うのだ。

僕は特殊なんだと思いつつも、よく考えてみると、エグザイルを目標にしだしてから、ちょうど倒れてから1年余り経った頃から、痛みは出はじめたのだ。



つまり、過度な運動が、全て間違っていたとしか思えないのだ。

僕は1番努力していると信じ、長嶋茂雄を抜くのだと、益々筋トレに励んだら、痛み止めを変えつつ、強い薬も効かず、ずっと苦しみつつ、相変わらず筋トレは続けていた。

誰も注意する人がいなくて、5年7ヶ月苦しんできたのだ。

つまり、下地診療所の誰も、アルクラの誰も注意せず、したとしても、ありきたりの注意だったのは、要するに脳出血の後遺症は治らないものという考えを基本に、そつのない手当てを5年7ヶ月、続けざるを得なかったのだ。



それは、今の日本や、世界の常識、基本的に脳出血の後遺症は治らない、と言う考えなのだ。

それを、初めて、”奇跡の復活”、の、1巻と2巻を読んで、僕は雷に打たれたように突然気がついたのだ。

”正しいトレーニングをやれば、脳出血の後遺症は治る”、と分かったのだ。

もっと早く気がつけば、この痛みはせずに済んだのだ。

そして今、必死に5年7ヶ月の負の治療を、取り戻そうと挑戦しているところだ。

今伊良部では、新しい仲間が治療に専念していて、僕は毎日麻痺で動かない足と、肩、腕を、”動け、動け”、と念じているところだ。

この、熱意ある念が、1番重要だと信じ、もう筋肉に負担をかけないように、念じているのだ。