医療は「一般論」
兄のブログだが、5年余りも脳出血後のリハビリをしてきた人間の実体験からの言葉だから貴重な証言だろう。医療というのは「一般論」でしか治療をしないから、個々の不成功は「運が悪い」で終わる。だが、それは医療側の勝手な言い分だろう。
兄のブログ内容と現実の我々の時間とでは半年ほどのタイムラグがあるが、少し前に電話をした時にはかなり元気だったから、おそらく下の「新しい治療」は成功しているのかと思われる。
まあ、断言はできないから、この先のブログ内容を見守りたい。
なお、兄のブログは、社会的事件に関してはマスコミ報道丸のみで、そのためにほとんどネトウヨに近い。石原慎太郎や櫻井よしこを高く評価しているのだから、私とは正反対だ。
(以下引用)容量により後で一部カットするかもしれない。
想像の世界とは、僕が世界の事や、もし、こうだったら、なんてことを、過去と未来に関わらず、思っていることを色々と書いてきた。
勿論、今も世界情勢や、いろいろ書くこと、書きたいことはあるが、今は新しい自分へ挑戦しているので、中々その他の事には、気が回らないのだ。
でも、そろそろ方法も固まってきたので、ときには外の世界も見なければ、やはり世界は自分1人で動いているわけではないもんな。
ま、皆さんも、つまんないだろうが、でも僕のこととしてではなく、堀尾さんが始めた事は凄い事で、脳出血や、それ以外の麻痺で、体が動かず苦しんでいる人は、世界に数千万人もいるわけで、その人たち全てに、その恩恵が行き渡る日のことを考えれば、今世界中で起こっている、つまらない政治上の争いを、なくすかもしれない位の革命が、起こるかも知れないとすら思えることなんだと、僕は思っているし、皆さんにも、何となく分かってくるのではと思うので、しばらく付き合ってください。
だから今、毎日楽しい思いで、挑戦を始めたわけです。
昨日はリセイに、”肩や足に痛みはないか”、と聞いたら、”全くない”、と答えた。
ちょこちょこ何名かの麻痺の人に、痛みについて聞くが、今のところ1人も、”痛い”、と答えた人はには会っていない。
”うーん、これが麻痺か”、とも思うのだ。
なぜ僕はこうも痛いんだ?、と、結局その答えは、麻痺を直そうと、努力すればする程いろんな症状が悪くなるということ、つまり医学が見捨てた、麻痺の患者の辛い現場そのものなのだ。
しかも、これは医学者、つまり医者や、リハビリに関わった人、誰1人として悪くないと言うところに、逆に問題があるのだ。
医療に関わる人全て、つまり下地診療所と、その関連施設全て、つまり僕が通っていたアルクラも当然そうだ。
アルクラにしろ、下地診療所にしろ、僕は楽しく通わせてもらったし、働く方々はすべて一生懸命、熱心に面倒を見る努力を続けてくれたのだ。
ただ、彼らも、全て脳出血の後遺症についての知識は皆無だったのだ。
今、日本はおろか、世界中の医学者が陥っている現状が、まさにその通りで、麻痺は治らないのが医学の常識なのだ。
治ったのは、”運良く軽かった人”、なのだ。
重かった人は、その痛みに耐え続けるか、麻痺から発生する手や足の曲りや、固まりに耐え続けるか、訪れる死を迎えるか、これが世界の医療の現実なのだ。
僕も、5年7ヶ月余り、日々増す痛みに耐えて、リハビリと、健康維持に努めてきたが、努力すればする程、益々痛くなり、最近は歩くこともままならんと言う状態だった。
それでも、何故だろう、何だこれはと、いつも考え続け、加持さんと一緒に、歩行訓練も320mを、なんとか25分以内で歩くと言う目標を、それなりに楽しく続けていたが、とうとうを最後は、100mほどで終わりにしたのだ。
結局、その日でアルクラは一旦停止の状態で、今に至るわけだ。
つまり、歩くのが辛くなり、困難になってやめたようなもんだが、もう一つ、”奇跡の復活”、と言う本との出会いによるわけで、これは下地診療所の穂閑大先生が、僕に、”この本を書いた人が、伊良部にいるらしいから会ってみたら”、と言ったことを思い出して、”そういえば大先生、そんなこと言っていたな、では本でも買ってみるか”、と言って、直実に、”奇跡の復活”、と言う本を買ってきて”、と頼んだら、”奇跡の復活”、と、”続・奇跡の復活、麻痺は治る”、を買ってきたので、その本を読み、僕はその日までの謎が、全て解けたのだった。
僕の麻痺は、今は悪化のどん底とも言える状態だ。
つまり、麻痺のしびれが強くなり、痛みとなり、指は動くが、腕も肩も動かず、股から足はグラつき、おかしな動きをするわけで、うまく歩けないのだ。
僕は、このような人をたくさん見るのだ。
そして、出会った人は皆、僕同様、大変な努力をしているが、おそらく僕同様、どんどん悪化すると思う。
つまり、努力する人ほど報われないのが、今の麻痺からの脱出のできない医学の現場なのだ。
僕のような患者が言い続ければ、少しは変わるかもしれないし、”素人が変なことを言って迷惑だ”、で終わりかもしれない。
でも、現実患者は皆苦しんでいるのだ。
その患者の苦しみを、よくよく考え、もう一度医学を志した目的を、よく考え直してみたら、必ずもっともっと謙虚な気持ちになって、患者の気持ちがわかると思う。
医学と、それに関わる全ての仕事が、1番大切な仕事である。
子供たちを教える仕事も先生、医者も先生、すべて人を育てたり、作ったりする仕事をする人は、先生として崇められる。
ただ、その先生の名に相応しくない人が、いかに多いか、逆に相応しい人は1割もいないのではないかな。
それでも、先生がまかり通るのだから、ありがたいもんだ。
だから、特に医療関係の仕事をする方々には、全てに言いたいのだ。
患者は、皆苦しんでいる。
間違った知識は、それこそ命取りだと言うことなのです。
さて、これから準備をして、下地診療所に薬をもらいに行ってきます。
又、色々と後閑大先生と相談してみます。
今月は、もう月末です。
加持さんとも、会いたいですね。
他の人たちも、いい人ばかりだ。
これは、下地診療所や、リハビリセンターも同じで、皆いい人だけなんだ。
ただ、脳と神経の病は、一筋縄ではいかないので困るのだ。
だが、もう困るなんて言ってはおれないなと、今回新たな挑戦を始めたわけだ。
さて、今日は下地診療所に行って、五閑大先生といろいろ相談した。
それで、3種類の薬に絞り込んでもらった。
7種類から3種類に絞り込んだだから、まずは大成功だ。
後閑先生には、とても感謝している。
ありがとう、後閑大先生。
今日は嬉しい日だ。
これで、一段と健康維持できると思う。
さぁ再出発だ。
2019年 4月22日
兄のブログ内容と現実の我々の時間とでは半年ほどのタイムラグがあるが、少し前に電話をした時にはかなり元気だったから、おそらく下の「新しい治療」は成功しているのかと思われる。
まあ、断言はできないから、この先のブログ内容を見守りたい。
なお、兄のブログは、社会的事件に関してはマスコミ報道丸のみで、そのためにほとんどネトウヨに近い。石原慎太郎や櫻井よしこを高く評価しているのだから、私とは正反対だ。
(以下引用)容量により後で一部カットするかもしれない。
想像の世界とは、僕が世界の事や、もし、こうだったら、なんてことを、過去と未来に関わらず、思っていることを色々と書いてきた。
勿論、今も世界情勢や、いろいろ書くこと、書きたいことはあるが、今は新しい自分へ挑戦しているので、中々その他の事には、気が回らないのだ。
でも、そろそろ方法も固まってきたので、ときには外の世界も見なければ、やはり世界は自分1人で動いているわけではないもんな。
ま、皆さんも、つまんないだろうが、でも僕のこととしてではなく、堀尾さんが始めた事は凄い事で、脳出血や、それ以外の麻痺で、体が動かず苦しんでいる人は、世界に数千万人もいるわけで、その人たち全てに、その恩恵が行き渡る日のことを考えれば、今世界中で起こっている、つまらない政治上の争いを、なくすかもしれない位の革命が、起こるかも知れないとすら思えることなんだと、僕は思っているし、皆さんにも、何となく分かってくるのではと思うので、しばらく付き合ってください。
だから今、毎日楽しい思いで、挑戦を始めたわけです。
昨日はリセイに、”肩や足に痛みはないか”、と聞いたら、”全くない”、と答えた。
ちょこちょこ何名かの麻痺の人に、痛みについて聞くが、今のところ1人も、”痛い”、と答えた人はには会っていない。
”うーん、これが麻痺か”、とも思うのだ。
なぜ僕はこうも痛いんだ?、と、結局その答えは、麻痺を直そうと、努力すればする程いろんな症状が悪くなるということ、つまり医学が見捨てた、麻痺の患者の辛い現場そのものなのだ。
しかも、これは医学者、つまり医者や、リハビリに関わった人、誰1人として悪くないと言うところに、逆に問題があるのだ。
医療に関わる人全て、つまり下地診療所と、その関連施設全て、つまり僕が通っていたアルクラも当然そうだ。
アルクラにしろ、下地診療所にしろ、僕は楽しく通わせてもらったし、働く方々はすべて一生懸命、熱心に面倒を見る努力を続けてくれたのだ。
ただ、彼らも、全て脳出血の後遺症についての知識は皆無だったのだ。
今、日本はおろか、世界中の医学者が陥っている現状が、まさにその通りで、麻痺は治らないのが医学の常識なのだ。
治ったのは、”運良く軽かった人”、なのだ。
重かった人は、その痛みに耐え続けるか、麻痺から発生する手や足の曲りや、固まりに耐え続けるか、訪れる死を迎えるか、これが世界の医療の現実なのだ。
僕も、5年7ヶ月余り、日々増す痛みに耐えて、リハビリと、健康維持に努めてきたが、努力すればする程、益々痛くなり、最近は歩くこともままならんと言う状態だった。
それでも、何故だろう、何だこれはと、いつも考え続け、加持さんと一緒に、歩行訓練も320mを、なんとか25分以内で歩くと言う目標を、それなりに楽しく続けていたが、とうとうを最後は、100mほどで終わりにしたのだ。
結局、その日でアルクラは一旦停止の状態で、今に至るわけだ。
つまり、歩くのが辛くなり、困難になってやめたようなもんだが、もう一つ、”奇跡の復活”、と言う本との出会いによるわけで、これは下地診療所の穂閑大先生が、僕に、”この本を書いた人が、伊良部にいるらしいから会ってみたら”、と言ったことを思い出して、”そういえば大先生、そんなこと言っていたな、では本でも買ってみるか”、と言って、直実に、”奇跡の復活”、と言う本を買ってきて”、と頼んだら、”奇跡の復活”、と、”続・奇跡の復活、麻痺は治る”、を買ってきたので、その本を読み、僕はその日までの謎が、全て解けたのだった。
僕の麻痺は、今は悪化のどん底とも言える状態だ。
つまり、麻痺のしびれが強くなり、痛みとなり、指は動くが、腕も肩も動かず、股から足はグラつき、おかしな動きをするわけで、うまく歩けないのだ。
僕は、このような人をたくさん見るのだ。
そして、出会った人は皆、僕同様、大変な努力をしているが、おそらく僕同様、どんどん悪化すると思う。
つまり、努力する人ほど報われないのが、今の麻痺からの脱出のできない医学の現場なのだ。
僕のような患者が言い続ければ、少しは変わるかもしれないし、”素人が変なことを言って迷惑だ”、で終わりかもしれない。
でも、現実患者は皆苦しんでいるのだ。
その患者の苦しみを、よくよく考え、もう一度医学を志した目的を、よく考え直してみたら、必ずもっともっと謙虚な気持ちになって、患者の気持ちがわかると思う。
医学と、それに関わる全ての仕事が、1番大切な仕事である。
子供たちを教える仕事も先生、医者も先生、すべて人を育てたり、作ったりする仕事をする人は、先生として崇められる。
ただ、その先生の名に相応しくない人が、いかに多いか、逆に相応しい人は1割もいないのではないかな。
それでも、先生がまかり通るのだから、ありがたいもんだ。
だから、特に医療関係の仕事をする方々には、全てに言いたいのだ。
患者は、皆苦しんでいる。
間違った知識は、それこそ命取りだと言うことなのです。
さて、これから準備をして、下地診療所に薬をもらいに行ってきます。
又、色々と後閑大先生と相談してみます。
今月は、もう月末です。
加持さんとも、会いたいですね。
他の人たちも、いい人ばかりだ。
これは、下地診療所や、リハビリセンターも同じで、皆いい人だけなんだ。
ただ、脳と神経の病は、一筋縄ではいかないので困るのだ。
だが、もう困るなんて言ってはおれないなと、今回新たな挑戦を始めたわけだ。
さて、今日は下地診療所に行って、五閑大先生といろいろ相談した。
それで、3種類の薬に絞り込んでもらった。
7種類から3種類に絞り込んだだから、まずは大成功だ。
後閑先生には、とても感謝している。
ありがとう、後閑大先生。
今日は嬉しい日だ。
これで、一段と健康維持できると思う。
さぁ再出発だ。
2019年 4月22日
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