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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

我が家の歴史

脳出血後のリハビリのためにブログを書いている、私の兄の書いた文章だが、私自身知らない事実がたくさん書かれていて、まあ、私的メモだが、他人に知られてマズい内容でもないから個人的便宜のためにここに保存しておく。
私自身、あまり長生きするとは思えないので、私自身の遺言代わりにもなるだろう。もしも私が脳溢血にでもなったら、父同様にそのまま死なせてほしい。正岡子規の言うように、「平気で死ぬより、苦難の中でも平気で生きていくほうが偉い」(言葉通りの表記ではなく、そういう趣旨)という点では脳出血後も一生懸命リハビリしながら生きている兄は偉いが、私は「見るべきものは見つ」と思っており、いつ死んでも別にこの世に未練は無い。



(以下引用)


想像の世界(21) 父は60歳で他界したが、わずか1年の別れで母と再会できたのだから、父が1番幸せ者かもしれないな。

想像の世界(21)   父は60歳で他界したが、わずか1年の別れで母と再会できたのだから、父が1番幸せ者かもしれないな。



父と母のことを考えた。



昔、顔も知らないのに宮古中学校(今の宮古高校)で1番優秀な生徒、つまり四年連続唯一の特待生と聞いて、”私の夫は与那覇勇吉にする”、つまり後の中山勇吉と決めた母を、これまた友達が、”勇吉、〇〇家(当時の料亭)の美人の光子がお前と結婚すると言っているよ”、と言うので、ある日父は物陰に隠れて母が現れるのを待っていると、現れた母の姿があまりに美しくて度肝を抜かれ、それから大分経ってから、母に、”俺は勇吉だけど、俺と一緒になってくれるか”、と告白すると、母は、”それではちゃんと食べていけるだけの仕事についてから会いに来てください”、と言ったようだ。

有頂天になって父は早速警察官になり、持ち前の頭の良さと宮古でも有数の柔道の強さでどんどん昇進して、最年少の警部となり、多分その頃に晴れて光子と結ばれたと思われる。



その頃の上司が、あのオリオンビールを作った具志堅そうせいで、警察署長としてとても勇吉を可愛がり、その付き合いは父の死ぬまで続いたのだ。

戦時中は陸軍だったわけだが、ここでも必死に勉強し尉官試験を受け、100人余人中、たったの2名昇官したらしいが、それに父はトップで受かり、もう1人も沖縄人で、外はほとんど内地の人でみんなを驚かせたようだ。

昔といっても、つい73年前まで沖縄は韓国、つまり朝鮮人と台湾人と同様に琉球人として二等国民として扱われており、だからこそ父も、もう1人の沖縄出身の方も必死になったんだと思う。



そして戦地中国では、愛馬も2頭殺され、多数の部下をなくし、敗戦で父がやっとの思いで母と兄と僕を連れて宮古島へ戻って、僕も台湾で6月17日に生まれているので宮古島へは10月頃来たようだ。

おかげで僕は、湾生、つまり台湾生まれの会を作ってくれと先輩から頼まれ、気持ちはあったが記憶が伴わないので断念したのだ。

昔々の写真を見ると、戦時中ながら父が戦前の中国から台湾連隊の副官の頃の幸せそうな父と母、そして兄やハツおばさんや、照子おばさんの姿が今も偲ばれる。



と、なんとなく記憶していたが、ただいつもこの幸せそうな写真は多分第二次世界大戦勃発前の父の少尉時代の写真で、この幸せは父が宮古島の若者として異例の出世で、母達もみんな誇らしく思っていた表れで、つい僕もずっと台湾時代とばっかり思い込んでいたのだと思う。

つまり父はまだ少尉の頃で、足に貫通重曹を受ける前の若者の頃で、母も25か26歳位では無いかと思う。



母は1男5女の3女として生を受けたが、優秀だった次女は女学生の頃病気で亡くなったようで、母も養女に出ていたが、兄や妹とはずっと付き合いはあったようだ。

母はもともと砂川姓で、砂川の5人の美人姉妹と言われ、中でも3女の光子
がトップの宮古1の美女と騒がれたようだ。

おかげで戦後もすごく気の強い美人妻として、貧乏ながらも頭の飛び抜けて優秀でタフガイの父と、気の強いNo.1美女の母は平良(ひらら)では皆が恐れ敬うコンビだったようだ。



これは、昔の平良市の市長だった平良重信から直接僕が聞いた話だ。

父は鏡原のススカニャーと言う家で生まれて、家は田舎ではかなりの裕福なマスヤーの分家で、まぁまぁの暮らしといっても尋常小学校でおしまいと言う暮らしだったが、あまりに頭脳明晰で優秀だったので、当時の鏡原小学校の校長と担任は、ススカニャーに何度も足を運び、学費や生活費も自分たちが何とか工面するから、勇吉をせめて中学校に送ろうと口説き続け、やっとの思いで宮古中学校へ父は行けたようだ。

それからの活躍がめざましかったわけなので、光子は自分の夫になる男は勇吉しかないと決めたのだ。



父も母も波瀾万丈な一生だったが、わずかに母が57歳父が60歳で亡くなったのは残念無念である。

でもある意味では、母はずっと父のことを愛していたんだなぁと思う。

そして父も母のことを愛し続けたなぁと思うので、2人はずっと相思相愛の一生だったと思うのだ。



ただ父の事にしろ母の事にしろ、これは全てハツおばさんや勲兄さんから、父の友人知人から聞いた話で、父も母も自分たちの事は一切話した事はなかった。

僕たちのことも見守るだけで、特に親しく楽しく話し合うと言う事は殆どなく、母など僕みたいに小学3年生まで、ハツおばさんに優しく育てられ、実家に戻った者から見ると、母はかなりきつい女だったのだ。

特に中学生、高校生と大きくなるにつれて、7歳年上の兄は徳島大学の医学生として順調に実績を積んでいるのに、僕など小学校入学後からまるで勉強をやらない子供だったので、毎日、”勉強やれ”、”勉強やれ”、と言う母は大嫌いで、まるで鬼婆と感じていたもんだ。



僕の勝手な判断で言うと、兄弟で1番頭の良いのが僕で、次が末弟の剛で、次が兄の勲で、最後が三男の仁と思うが、実際には兄と三男の仁は現役の医者で、末弟の剛は学習塾の先生だから、僕が最下位となるわけだ。

或る意味では、少なくとも医大に1時は通ったんだから、剛もかなりの生活を保障されたはずなのに、やはりそこを退学したのは多分内地にはあまりに優秀な医学生などがゴロゴロいるので嫌になったんじゃないかと思うのだ。

まぁ、僕みたいに平気の平さで、大学でも一生懸命勉強するものが皆変人としか思っていなくて、自分が1番自由でいいやと思っていたのだから、本当に能天気な幸せ者かもしれん。

そして僕は離婚歴ありだし、例え今はとても幸せだとはいっても、威張れるもんでもないし、やはり頭の良さよりも現在の実績かなと考えると、友人知人にも恵まれている勲兄さんがトップで、医者としての実績より以上に愛妻家が目立つ仁が第2位で、ぜひ剛には第3位を保ってくれよとの祈りを込め、僕はビリッケツだが、まぁ1番幸せな男としておこうと勝手に決めたわけだ。



脳出血で父は60歳で他界したが、わずか1年の別れで母と再会できたのだから、父が1番幸せ者かもしれないな。

僕も母につきっきりで、母の最後も看取ることができたし、父の最後も僕が結婚半年位だったから、せめて父を安心させたかなとも思い、勲兄さんと交代して心臓マッサージを延々と続けたが、最後に、”マーもういいよ”、と止められた日の辛さは忘れられない。

母の葬儀も傷痍軍人会会長の妻として、僕が驚きあきれたほど盛大だったし、父の時もそうだった。

まだ3000人余りの会員が生き残っていたことが、或る意味では父も母も幸せな死に時だったのかもしれない。



2018年10月31日

脳を働かす技術


昔書いたメモを「生活の技術」のひとつとしてここに転載しておく。若い人には役に立つと思う。N.Tは私の本名の頭文字。



2011年 6月20日(月)
◎「海馬 脳は疲れない」池谷裕二 糸井重里 のヒントによる思考素
・子供は記銘された量が少ないので、想起が容易であり、大人は記銘された量が多いので想起が困難になる。これが、「大人になると記憶力が悪くなる」と言われることの実体。逆に言えば、無知・無教養な人間ほど「物覚えがいい」。
・子供は白紙状態だから、刺激を印象深くとらえる。したがって、それを容易に記憶する。大人は生活が惰性化しているために、物事に対する印象が弱い。これが大人の記憶が弱い理由の一つ。物事に対する好奇心を持った人間は、大人でも記憶力がいい。
・好悪を決める脳の部位が扁桃体、重要と非重要を判断する脳の部位が海馬。この二つは近くにあり、連携している。つまり、「好きな物=重要」「嫌いな物=非重要」となり、重要と判定されたものは記憶され、非重要と判定されたものは記憶されない。
・ある作業に対して「やる気を出す」、つまり側座核を働かせるには、「まずその作業をやること」である。やることによって側座核が働き始める。
・脳は新しいものを警戒する。これは動物の生存本能による。文化現象でも、新しいものは攻撃される。
・脳は我々の無意識を支配しているが、我々の意識は脳を支配している。そして、我々の無意識はしばしば我々の意識を支配している。こうしたサイクルが、脳と意識のありようである。(BY N.T)
・新しいものへの好奇心があることは創造的人間の特徴である。逆に、新しいものへの拒否反応が強いのは、老化現象の一つである。つまり、知的成長への意欲よりも動物的生存本能が強くなり、無難な安定を求めているのである。
・ストッパーをはずすことで、新しい可能性が生まれる。
・酸化は老化に関係している。
・脳は疲れない。疲れるのは目や筋肉である。
・人間は視覚情報に頼る度合いが大きく、嗅覚や聴覚が弱い。
2011年6月21日(火)
◎同じく「海馬」より
・問題を細分化すれば、小さな解決の喜びがたくさんできる。

事実を直視することが本物の幸福への道



まあ、恋愛や結婚やセックスへの幻想(ほとんどは商業主義のために作られたものだが)が消えたのはいいことだ。私は、資本主義社会の不幸の半分くらいは恋愛幻想とセックス幻想によって起こると思っているくらいであるwww 
実際、毎日がセックス妄想で頭が爆発しそうな若いころを過ぎれば、男にとってセックスが自慰よりいいという点はあまり無い。相手が「貴重品」である場合くらいは、性的興奮は高まるだろうが、セックス自体の中身がそれで良くなることは無いと思う。つまり、自分ひとりが興奮して射精するだけなら、女体を使った自慰にすぎないし、相手がエクスタシーに達するように気を使うなら、ただの奉仕作業となり、こちら(男)が生きた張り型をやっているだけだ。女性の場合はどうか知らない。半分くらいは、何の興奮もなく相手をしているのではないか。
実際、下の報告の中でも女性の45%がセックスに「関心が無い」または「嫌悪している」という、以前からは考えられない数字が出ている。つまり、幻想が消え、現実が見え始めたのだろう。
恋愛にしても、片想いをしている時期が一番恋愛らしい恋愛なのであり、下手にその恋がかなって、思う相手とセックスなどしたら、がっかりすること請け合いであるwww 未婚で妊娠したら(あるいはさせたら)、そこで人生が終わる可能性もある。

とは言っても、恋愛もセックスも価値はあるのであり、これまでが偽ブランド商品的なインチキ価格だったにすぎない。事実を直視した、今の若い人々は、かえって堅実な幸福を手に入れる可能性が増えたのではないか。避妊具を使った、娯楽や快楽としてのセックスではなく、生殖のためのセックスというのも見直されていい。実際、子供欲しさに人工授精する夫婦もいるのである。
結婚についても、子供を持つ幸せなど、結婚しない人には分からないだろう。フェミニスト連中が「女性価値」を高めるために「育児は大変だ。女性の苦労を理解しろ」と騒いだお陰で、家の中に子供がいる楽しさや幸福を知らない女性や男性が増えたと思う。エスキモー(これも死語か)には、夫婦が老年になると、養子を貰って、育児を娯楽にするという文化があったと言う。私は、これは高度な文化だと思う。子供というと学費がどうこうとかいうカネの面しか考えない日本の文化が下種だと思うのは、私が、基本的に出産や育児に無責任な立場である男性だからだろうか。だが、幼い子供がいると、家は明るくて楽しいのである。犬や猫は可愛いが、その一挙一動が楽しいのは人間の幼児である。


(以下引用)


セッ〇スレスの既婚男女増加=若年男性「草食化」も-家族計画協会

 配偶者がいても、性交渉が1カ月以上ないいわゆる「セッ〇スレス」のケースが増加して
いることが、日本家族計画協会の「男女の生活と意識に関する調査」で分かった。性交渉の
開始が遅くなるなど、若年男性の「草食化」傾向にも拍車が掛かっていることがうかがえた。
(中略)
 性交渉経験のある人に「この1カ月間の頻度」を尋ねたところ、「しなかった」が49.3%
(男性48.3%、女性50.1%)と半数を占め、男女とも2年前の前回より約5ポイント
増加。配偶者のいる人に限っても44.6%(男性36.2%、女性50.3%)に上り、
04年以降、増え続けている。
 配偶者のいる人の「セッ〇スに対して積極的になれない理由」は、男性では「仕事で疲れて
いる」が21.3%と最多で、次いで「出産後なんとなく」の15.7%。女性は「面倒くさい
」23.8%、「仕事で疲れている」17.8%の順だった。
 性交経験率が50%を超える年齢は、男性29歳(過去調査23~26歳)、女性28歳
(同24~27歳)で、特に男性の性交開始年齢が顕著に遅くなっていることも判明した。
 性交渉への関心では、「関心がない」または「嫌悪している」が男性17.9%、女性
45.2%に上った。年代別では、男性の25~29歳が20.3%で、08年の同年代の
約2.5倍に増えた。 



眼鏡型ルーペのこと

何とかというライターのハヅキルーペ体験記の一部だが、まあ、一定の姿勢で作業をする時に使うもので、その焦点距離を離れたらすべてボケボケになるようである。
他の眼鏡型ルーペももちろん同じのはずで、ハズキルーペだけがあれほど馬鹿高いのは、CMにカネがかかるためだろうwww
私の場合、最近、活字の濁点と半濁点の区別がつかないので、眼鏡型ルーペの購入も考えているのだが、片目は近視でもう片目は遠視だから、かえって目に悪いかな、とためらっている。


(以下引用)


 で、ハズキルーペ。倍率は3種類、レンズの大きさも複数あるので、比べてみるために都内のコンタクトレンズ屋さんに行ってきました(ゲラも持参して)。

倍率は3種類、レンズの大きさも3タイプ、レンズ色はブルーライトのカット率で2タイプあるので、店頭で実際にかけてみて選んだ方がいいです。

 ハズキルーペはメガネではなくルーペ(虫眼鏡)なので、ピントが合う距離が決まっています。

 1.32倍(焦点距離50~70cm)
 1.6倍(焦点距離30~40cm)
 1.85倍(焦点距離22~28cm)

 パンフレットにはこうあるのですが、実際に見え方を店頭で確かめた方がいいです。もっとも焦点距離が長い、つまり離した状態でピントが合う1.32倍を選んだのですが、自分の目には焦点距離50~70cmは長くはなく、40cmぐらいでした。眼鏡をかけた状態でも使えるよう、レンズの大きさは最も大きい「ラージ」を選択しました。

 とりあえず150ページほどゲラを読んだのですが、文字が大きくクッキリ見えるのは助かります。老眼鏡は単にピントが合うだけですが、文字が大きく見えるのが違いです。視力が低下したときにルーペの類もいくつか使ってきましたが、視界が広く書類を広く見渡せ、ハンズフリーなのは楽。メガネオンにしても重さはさほど気になりません。

購入したのは、倍率1.32倍、ラージレンズ、クリアレンズ(ブルーライトカット率35%)。写真ではわかりにくいですが、フレームの色は紫です
オンメガネ状態でも圧迫感は少ない。踏んでも壊れない、さすが日本製! とCMでは謳われているが、素材と構造上丈夫そうではある。踏まないし

 デメリットとしては、ピントが合う距離が限られているので、姿勢が固定されます。手持ちの本などではさほど問題になりませんが、机の上に置いた書類などでは、姿勢の方で調整しなくてはなりません。猫背になって辛いのであれば、机の上に本などを積み重ねて目との距離を近づけるなどの工夫が必要です。

 あと、文字を読んでいて、目線をちょっと遠くに向けてもピントが合わないので、その都度ハズキルーペを着けたり外したりする必要があります。逆にそれが面倒なので、一定時間作業に集中しようとする効果はあります。かけている間は、ちょっと遠くのテレビを見たり、立ち歩くことはできないので、作業に自分を縛り付けられるのです。

ファミレスでハズキルーペかけて校正作業の図。白とかの派手な色でなければ、周囲に気づかれることもなさそう。それにしても、文字が読めるって本当に素晴らしいですね!