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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

翁の文(第四節)

(以下、前回同様、富永仲基自身による注釈)「夷狄にあっては夷狄の風に則して行う」とも言い、また、「礼は俗に従う」とも言い、また禹王は片肌脱いで裸国に入ったとも言うので、まったくその国の風俗を変えて中国の真似をしろと儒者も言っているわけではない。しかし、日本の儒者が、いろいろな事において中国の風俗に似せようとしてこの日本に縁遠いことだけ行うのは真の儒道に当たらないことである。

さてまた日本の昔は、人に向かって手を拍ち四拝するのを礼とし、柏の葉を重ねてそれに飯を盛って食い、喪には歌を歌い、泣き偲び、喪が終われば川へ出て祓いをした。神道を学ぶ人は、このようなことをひとつひとつ昔に違わないように考えて行うべきである。今の世に用いている金銀や銭などというものも、もともと神代には無かったものだから、神を学ぶ人はこれをも捨てて用いないのが当然である。また、今の衣服も呉服と言って呉の国から伝えたものだから、これを用いないのを良しとする。また、物を言うにも神代の古語をよく覚えて、父を「かぞ」母を「いろは(注:いろ、とも言う)」お前を「おれ」衣服を「しらは」蛇を「はは」病気を「あつしれる」などと、物事を(今と)違ったように言って、またその名前も「なに彦、なに姫の命」と付けるべきである。







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