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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

翁の文(第五節)

(例によって、富永仲基による前節の注釈)左を右にしてはいけない、右を左にしてはいけない(注:不自然な改変をするな、の意味か。)というのだから、今の風俗を変えて太古のようにしろと神道も言うのではない。それだのに、今の神道が、さまざまなことで昔を手本にして怪しく異様なことをだけするのは、またその道にも当たらないことである。野々宮宰相公(注:江戸中期の貴族で学者か。)が、今の神道は皆神事であって真の神道ではない、とおっしゃったそうだ。本当に、今の世の道は、皆神事・儒事・仏事の冗談事だけであって、真の神道・儒道・仏道ではないのである。もしこの「翁の文」と、また宰相公の言葉が無かったなら、仲基もこのことは意識しなかったかと思われる。


このようにこの事を言えば、嘲って内容の無い嘘言を繰り返し言うようにも聞こえるが、これをたとえて言うならば、五里十里隔たった近い場所の風俗さえ真似て習うのは難しいことであるのに、まして中国やインドのことを日本へ学ぼうとし、また五年十年過ぎた程度の近い事さえ、覚えている人は少ないものであるのに、まして神代のことを今の世に習おうとする者は、皆、実現不可能な、大いに愚かなことである。たとえそれをよく学び得て、少しも間違わずにいたとしても、人が、成る程、その通りだ、とまた今の世に了解すべきことでもない。であるから、この三教の道は、皆、今の世の日本で行われるべき道の道(真の道)ではない。行われない道は道ではないのだから、三教は皆、真の道に適わないものと知るべきである。





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