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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

亭主関白と、「人間失格者」としての「夫」

小田嶋師の吉例新年いろはがるたのひとつだが、「夫」の漢字分解が上手い。まあ、昔は嫁がいじめられていたから、今は夫が家での存在を失っても正当な報復だろう。
ただし、私は結婚肯定論である。結婚は、何よりも、両性が「自分の知らない思考法」を知り、精神の幅を広げるという大きなメリットがある。もちろん、(男であれ女であれ)外界からまったく学ばない夜郎自大の人間には結婚は「闘争関係」になるだろう。
なお、私は自分の女房を「うちの嫁」と言う言い方が嫌いである。嫁という漢字も嫌いだ。まさに、「家」と女を結びつける、その封建的思考が嫌いだ。「うちの嫁」という言い方は、「俺の家に入れてやった女」のニュアンスを感じる。或る種の権力主義者、という感じだ。昔の「関白宣言」の歌も、終わりで誤魔化しているが、実際、家庭内暴君の歌だとしか思えない。



【よ】嫁は家のものにあらずして家は嫁のものなり
ちなみに「夫」という字は「人」を取り消し線「=」で消した姿です。


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