日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告が、レバノンのベイルートへ逃亡した。
東京地検や警視庁の捜査状況を報じている主要メディアによればゴーン被告は先月29日、東京都内の制限住居から徒歩で外出後、品川駅から新幹線に乗って大阪へ移動し、その後はタクシーで関西国際空港へ向かい、そこからプライベートジェットに乗って日本を脱出。トルコのイスタンブールを経由してレバノンに到着したとみられている。
ゴーン被告はなぜやすやすと出国できたのか。恐らくはゴーン被告が知り尽くしているであろうプライベートジェットを使った荷物の管理に大きな盲点があったからだろう。
通常、航空機に乗って日本を出る際は厳格な手続きを踏まなければならない。航空会社で搭乗手続きをして手荷物があれば事前に預け、空港内の保安検査を受けた後、パスポートと航空券を見せる出国審査を経て搭乗ゲートにたどり着く。保釈中の人間がこれをかいくぐるのは普通に考えて不可能に近い。飛行機に預ける手荷物の中に人間はとても入れない。
ところが、ウォール・ストリート・ジャーナルなどの報道によればゴーン被告はコンサートで使われる音響機器を運ぶ大型の箱の中に隠れてプライベートジェットに乗り込んだと伝えられている。
この時点で空港での出国審査で発見することは事実上不可能だったが、なぜ荷物の中に人間が入っていることを出発前に発見できなかったのか。
一般人が受ける保安検査とは事情が違う
プライベートジェットはビジネスジェットとも呼ばれ、世界のセレブが利用している。日本語では自家用機と訳される。大きさにもよるようだが、1機当たりの価格は数億円から数十億円にも上ると言われている。その出国管理は、特に荷物チェックにおいては正直、「ザル」としか言いようがない。
私たち一般人が飛行機に乗る場合は、運航スケジュールが決まっている定期便を利用する。ハイジャック防止や爆発物などテロを防ぐ観点から、搭乗者や機内に搭載される荷物のすべてにおいて保安検査が行われる。安全の確認が取れた人や荷物のみが飛行機に乗り込むことができるルールになっている。
対してプライベートジェットでは、そもそも搭乗者によるハイジャックや爆破テロの可能性がほぼないことから、基本的には保安検査の実施有無はプライベートジェットを運航する会社の判断に委ねられている。
関係者へ取材をすると、保安検査なしでそのままプライベートジェットに乗り込むのが世界的にも当たり前の運用となっている。筆者も国内で利用したことがあるが、保安検査の機械は設置されているものの、実際には使わずに飛行機に乗ることができた。人間だけでなく荷物についても同様だ。
海外を見ても出入国審査の手順も通常と異なることがある。プライベートジェットで香港国際空港を頻繁に利用する台湾製造業大手のトップは「パスポートは係員に渡して、VIPルームでコーヒーと菓子を楽しみながら審査などもろもろの手続きを待つ。入国審査を対面ではほとんどやらない」と明かす。
関空を選んだのも巧妙だった。関空では2018年に、ピーチなどのLCC(格安航空会社)が発着している関西空港第2ターミナルの端にプライベートジェット・ビジネスジェット専用施設である「Premium Gate 玉響」がオープンした。
ゴーン被告やその協力者たちは不審に思われないためにもプライベートジェットがある程度の頻度で飛び、一般の定期便利用者から離れた場所で出入国審査や税関手続きなどが行われる専用施設を有している空港を選んだはずだ。その点で言えば国内で成田空港、羽田空港、関空、中部国際空港というプライベートジェット専用施設、もしくは導線が用意されている空港の中で関空は絶好だったに違いない。
というのも、関空の「Premium Gate 玉響」内にはスーツケース程度の荷物のX線検査機は設置されているが、それ以上の大型手荷物対応のX線検査機は設置されていないようだからだ。ゴーン被告が隠れたとされる大型の音響機器を運ぶ箱ともなれば、通常のX線検査機では通過できず、大型手荷物対応のX線検査機に通すことになる。
定期便であれば、どんな荷物でも必ず検査が必要になるが、プライベートジェットでは検査が必須条件でないので、そのまま飛行機に搭載された可能性が高い。この点においては、リスクをより少なくするうえでも大型手荷物対応X線検査機が専用施設内にない空港を選んだ可能性が高い。ちなみに関空の運営会社、関空エアポートにはオリックスのほか、フランスの空港運営会社、ヴァンシ・エアポートが主要株主に名前を連ねている。
「玉響」は目につきにくかった?
関空の「Premium Gate 玉響」は飛行機に乗るまでの導線も短い。メインターミナル(第1ターミナル)から離れており、車を降りてすぐ目の前がエントランスになっている。専用の待合室や保安検査場、CIQ(税関・出入国管理・検疫)、会議室などを完備しているが、スムーズに出国できるようにコンパクトな空間となっている。
空港を運営する関西エアポートの資料を見ても広さはわずか300平方メートルにすぎない。一般的な小学校のプールよりも狭いぐらいだ。加えて夜の遅い時間帯は、専用施設のある第2ターミナルが非常に静かで、空港利用者に見られるリスクも低くなる。
羽田や成田などでは専用施設からプライベートジェット機まで車で移動しなければならないが、関空の「Premium Gate 玉響」では至近距離で徒歩により飛行機に乗り込めるような設計になっている。今回、「Premium Gate 玉響」の目の前にプライベートジェットを駐機した可能性も高い。
荷物の税関検査はなかったのか
それにしても荷物の税関検査はなかったのだろうか。この点については定期便を利用する一般旅行者と同じ考え方ができる。
一般旅行者であれば、海外から日本に到着した後、入国審査・預けた荷物をターンテーブルから引き取った後に税関で申告書を提出し、質問に答える流れで、不審点があれば荷物を開けられることもある。日本は諸外国の中でも厳密なチェックが行われている。取材を進めると、プライベートジェットで入国する場合にも、日本入国時の税関検査はしっかり行われているようだ。最近では金の密輸が増えていることもあり、プライベートジェットで到着した場合でも定期便同様のチェックが行われるとのことだ。
だが、日本からの出国については、定期便を利用する場合でも税関係員によって荷物チェックをされることはない。X線での手荷物検査時には、保安検査を担当する警備会社の検査員によって機内に持ち込めない物をチェックするのがメインの業務であるが、犯罪性のある不審物が見つかった場合には警察などに通報するという仕組みになっている。
預ける手荷物も同様であり、もし荷物の中に人間が潜んでいれば、X線での検査時に発見され、警察に通報されることになる。結果、税関検査がなくても荷物に潜んだ人間を発見することはそう難しくない。だが、プライベートジェットでX線検査そのものがなければ、機内に人間が入った荷物を持ち込むことは不可能ではないということだ。今回、プライベートジェットだから機内に持ち込めたのは間違いないだろう。
とはいえ、ゴーン被告が隠れた荷物をプライベートジェットへ簡単に積み込めたのか。成人男性の人間の体重を含めても最低でも70キロ以上はあるはずだ。
これだけの大きな荷物であれば、一般的には空港内で地上業務を担当するグランドハンドリングスタッフがプライベートジェットに積み込むことになる。中に人間が入っていれば、積み込む際に気づく可能性が高いはず。だとすると、高価な貴重品ということで搭乗者が自身で積み込み作業を行って、グランドハンドリングスタッフには一切触らせなかった可能性も否定できない。誰がどのように積み込んだのかについても検証が必要だろう。
ただ、仮に出国できたとしても到着空港での入国審査や税関は本来なら簡単に通過できない。海外からの出国記録がなく、加えて搭乗者名簿にも記載されていなければ、到着空港での入国審査の段階で不審に疑われる可能性が高い。レバノン政府は合法的に入国したと発表しているので、事前に手はずが整っていたということか。これが一般人であればまず合法的な入国をするのは不可能だろう。
乗り慣れているからこそできた逃走劇
すべてにおいて言えることは、日本の空港におけるプライベートジェット事情に精通していないと実行できない方法であり、リスクを最小限に抑えた方法だったことは間違いない。
やはり、普段、日本と海外をプライベートジェットで移動していたゴーン被告自身、手荷物における盲点がわかっていたはずであり、その隙間を縫って協力者と逃走のシナリオを練ったことだろう。その答えが関空からの出国だったのだ。現時点で検証する限り、理にかなった逃走ルートだと思う。
話が少し飛躍するし現実的にはありえなかっただろうが、麻薬や武器などの犯罪を誘発するような荷物もこれまでプライベートジェットで運べていたのかもしれない。
国土交通省はゴーン被告逃亡を受けて1月6日、航空法に基づいて、自家用機専用施設がある成田、羽田、中部、関西の4空港施設の管理会社に、大型の手荷物を持ち込む際に保安検査を義務付ける通達を出した。時すでに遅しだが、今後はこれを教訓として運用を徹底する必要がある。そうしなれば莫大なお金と協力者さえ確保できれば、今回のような逃走劇は再び起こりうるからだ。