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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

学界用語の命名のいい加減さ

私は「照葉樹」という言葉自体の意味が分からないので「照葉樹林(帯)文化」という言葉も何となく敬遠していた。今ではその「照葉樹林(帯)文化」という概念も批判が多いらしい。「常緑広葉樹」という言葉なら、言葉自体が対象物を明確にイメージさせる。「照葉樹」では、光に当たりさえすれば針葉樹だろうが葉は照るだろう、としか思わない。
laurelを辞書で引くと、最初に想像したとおり「月桂樹(の葉)」としか書いてなく、それを「照葉(樹)」としたのはどこの誰なのか。つまり、月桂樹の葉に代表されるような葉を持った樹木で構成される森をlaurel forestとしたのを日本人学者が「照葉樹林」としたわけだろう。和洋に渡り、二重に曖昧な学名である。
学界用語(専門用語)というのは実にいい加減な命名をされるもので、特に英文法など、「分詞構文」とか聞いただけで頭痛がするという学生は多かったはずだ。それは学界用語がそのまま学校教育にまで使われた悪弊だろう。医学でも、「認知症」など、最初に聞いた時には「認知」は「症状」ではないのだから「認知障害」だろう、変な名前だと思ったが、今では当たり前に普及している。無理が通れば道理が引っ込むのは世の習いである。




照葉樹林(しょうようじゅりん、laurel forest)とは、森林の群系の一種で、温帯に成立する常緑広葉樹林の一つの型を指す。構成樹種にの表面の照りが強い樹木が多いのでその名がある。










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