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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

生活の技術(1)

   (仮題)「生活の技術」

 

初めに

第一章 能力開発

第二章 財産形成

第三章 ライフ・ステージ

第四章 メンタル・ヘルス(心術)

第五章 日常の習慣

 

第六章 社会生活の必要知識

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めに

 

 「生活の技術」について書いてみたいと思ったのは、まだ私が二十代の頃だった。その頃の私は、毎日の生活をどう生きればいいのかに悩んでいたのだ。それも、ごく些細な問題が私を悩ませた。たとえば、私は、世間話が苦手で、他人との会話の輪の中に入ることがなかなかできなかった。それというのも、その会話のほとんどの内容が私にとってはまったく興味の持てないもので、他人の冗談は、私にはまったく笑えないものだったからである。面白くもない冗談を、いかにも面白そうに笑うというのは、人づきあいの基本である。だが、もちろん、悪いのは私の方であり、もしも努力すれば自分を鍛えることもできたのだから、結局私は、「お高くとまっていた」にすぎない。しかし、世の若者の中で一定割合の人間は、こうした対人関係の悩みを持っていると思う。それも、本を読むのが好きで、人間とのつきあいより本とのつきあいが長い「ブッキッシュ」な若者がそうなりがちだと思われる。

 その頃、森鴎外の「智慧嚢」という本を興味深く読んだことがある。これは、人間関係についてのドイツの通俗ハウツー書を鴎外がアレンジして訳した本だが、その内容にはなかなかうなずけるところがあった。しかし、それ以上に、鴎外がこの本を訳したのは、鴎外にも人間関係での悩みが深かったのだな、と思われて興味深かった。だが、人間関係は、生活の一部分であり、生活にはそれ以外の部分もある。たとえば読書や趣味の時間などだ。それに、運動能力や体力、健康の向上の秘訣、精神能力の向上の秘訣など、人間関係だけではなく、「生活全般の技術」について書いた本があったら、世慣れない若者にとって、大きな救いになるのではないか、というのがその頃私が考えていたことである。

 現在の私は50代後半にさしかかっている。特に珍しい人生経験も無い平凡な人間だが、たいていの人間は私と同じように平凡な人生を送るはずである。ならば、そのような人生を幸福に送る「生活の技術」を、まだ人生をあまり知らない若者に贈るのは、無意味なことではないだろう。実際、私は持って生まれた性格や能力の割にはかなり幸福な人間だと思う。もちろん、若い頃は、自分の人生の未来について様々な夢想をしていたが、それらのほとんどは、生来の怠け癖と対人関係の欠陥のために実現しなかった。しかし、もともとそれらの夢想は夢想でしかなく、そうした夢想を現実的可能性に置き換えていくか、あるいはあきらめるのが「良い人生」の大事な要素なのである。つまり、若者には自分や周囲や社会全体についての正しいパースペクテゥブ(遠近感)が無く、それを身につけるのが成熟なのだが、それは一面では自分の野心や可能性を捨てることにもなる、ということである。野心に賭ければ、あるいは思いがけない大成功を収めることもあるだろうが、また大失敗の可能性もそれ以上にある、ということである。あなたが勇敢な(それとも無謀な)人間なら、前者の英雄的人生を目指すのもいいだろう。そのあたりは、本人の意志次第だ。いずれにせよこの一文が、人生に不慣れな青年の助けになれば幸いである。

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