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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

恋愛と自由性交と売買春

「AERA」所載の北原みのりの文章だが、これについて考察してみる。
フェミニズムとの関係は別として、売買春というのはなかなか哲学的な考察課題であるし、恋愛による性交は否定されないのに、なぜ金銭授受を伴う性交は否定する女性が多いのか、というのは面白い考察課題だと思う。つまり「恋愛だから」「愛があるから」という名目があれば、性交は女性に大いに推奨されるわけだが、それは売買春と何が本質的に違うのだろうか。ついでに言えば、恋愛でなくても、あるいは愛などなくても、行きずりの男とのセックスも女性はまったく否定しないようだ。むしろそういうアバンチュールを欲するように見える。
とすると、問題は「金銭授受があるか無いか」だけに問題は収束するようである。
では、金銭授受を伴う性関係はそれほどの悪なのだろうか。
おそらく、売春が不可能になると生活が不可能になり命を絶つしかない性産業従事女性の数は膨大なものだと思う。そうした女性のかなりの割合は、他の仕事に就くことが困難なのだろう。それは今の社会の不備ではあるが、ではその「客」である男性は、下の記事のようにその存在を徹底的に否定されるべきものなのだろうか。

(以下引用)

Colabo仁藤夢乃さんの「キモイ」は女性を守るセンサー 少しでもマシな世界になりますように〈dot.〉

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AERA dot.

(引用終わり)
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