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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

「心」のままに行動してはいけない

「日本書紀」雄略天皇記の一節である。「天皇は心を師とした。(だから)誤って多くの人を殺した」という部分が興味深い。「心を師としてはいけない」というのは中国の古典にあった言葉だと思うが、孔子だったか孟子だったか、誰の言葉かは忘れた。つまり、「心」というのはその時その時の想念であり、(理性より感情に支配されたものであることが多く)理性的判断や道徳に基づいていない危険なものだ、という思想だろう。「師」とは「導き手」である。ちなみに軍隊や群衆をも「師」というが、こちらは「導かれる集団」である。「統帥権」の「帥」は戦や軍隊。
ちなみに孔子が高齢になって「心の命ずるところに従えども矩を超えず」というのは道徳的完成を意味すると同時に、「心の命ずるままに従うと矩を超える」のが普通の人間であり、普通人は「心を師としてはいけない」ということである。
日本人や西洋人は「心」を過大視し、「心のままに」行動することをロマンチックに解釈しすぎるのでこの一文を草した。「心を制御すること」が倫理の基本であり、だから倫理は「自由」を縛る「禁止の体系」に必然的になるのである。


(以下引用)


天皇、以心爲師、誤殺人衆、天下誹謗言「太惡天皇也。」













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