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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

ガイ・フォークスとガイ・フォークス祭り

まあ、推理小説的には、この事件そのものがイギリス政府(王室)によって起こされたインチキ(白色テロの名目としての事件)という考え方もありそうだ。
少なくとも、ガイ・フォークスマスクを使う人々には、彼は「反権力のヒーロー」なのではないか。
ちなみに、白色テロとは政府による(非合法的)テロである。普通は、反政府組織へのテロ行為。場合によっては、人民の権利拡大を要求する組織へのテロ。

(以下引用)


イギリス留学ブログ

爆破陰謀事件の犯人を祝う日?ガイフォークスデーってなに?


⁡サマータイムも終わって、外が暗くなるのも早くなってきましたね。

さて、11月初旬のこの時期、ボンボンと、花火をあげている音がどこからか聞こえてくることはないでしょうか?

寒い季節に花火?と思うかもしれませんが、これは、11月5日の、ガイフォークスデーのフライングをしている人たちだと思います。

毎年11月5日が記念日

ガイフォークスデーは、ガイフォークスナイト、ボンファイアーナイトとも呼ばれ、毎年11月5日にある記念日です。

このイベントは、すごく簡単に言うと、

「遠い昔に、貴族院を火薬で爆破する陰謀事件を企てていた、ガイフォークスさんという方がいて、その人が捕まったことを祝うイベント」

です。

そこだけ聞くとなんのこっちゃですよね。


ガイフォークスデーとは


というわけで、ガイフォークスデーとは結局何か!

Wikipediaさんによるとこんな感じです。↓↓

ガイ・フォークス・ナイトは、1605年に起きた火薬陰謀事件に由来する。

この事件はエリザベス女王時代以来、弾圧されてきたイングランドのローマ・カトリック教徒たちが、プロテスタントの国王ジェームズ1世(同時にスコットランド王ジェームズ6世)を暗殺し、カトリックの君主に挿げ替えることを目的とした国家転覆計画であった。

しかし、1605年11月4日の深夜に貴族院の地下室に仕掛けられた大量の火薬とそれを管理していたガイ・フォークスが発見・逮捕されたことによって失敗に終わり、翌5日には国王直下の枢密院が「危険や混乱がない」限り、一般市民が焚き火をして王の生存を祝うことを許可した。


この1605年に最初に行われた祝いがガイ・フォークス・ナイトの起源であり、この時は単純に陰謀の失敗を祝うものであった。

Wikipediaより
つかまっているシーンを描いた絵。黒い帽子が「ガイフォークス」

このイベントの意味合い

最初は、単純にガイフォークスの陰謀が失敗したことを喜ぶ祝いだった、ガイフォークスナイト。

次第に、カトリック教徒であったガイフォークスの陰謀が失敗に終わったことにより、反カトリックを祝う意味合いを持つイベントとして進化していきました。

※ちなみに、「祝い」ですが、祝日ではありません。

宗教的なものは、歴史を常に大きく動かしてきましたが、プロテスタントを守り、カトリックに反するという意味合いが強くなり、ガイフォークスの事件は重要なものとなったんですね。

火薬爆破事件を企てた人たち。右から3人目がガイフォークス

現代におけるガイフォークス

元々火薬を使って大爆発を起こす予定だった事件に起因していますし、火薬や、火を多用できるチャンスでもあるので、下級階層にとっては、無秩序な暴走にも発展した歴史もあるようです。

結局、ながーい歴史を経て、現代では、宗教的、政治的な意味合いは薄れて、大きなたき火を燃やしたり、盛大な花火をあげたりするイベントとなりました。

英語で「男、奴」を意味する「ガイ」は、彼の名に由来するそう。

ポピュラーカルチャーでは、映画の、V フォーヴェンデッタで使われたマスクが、ガイフォークスのものです。

最近では、さらにそのガイフォークスマスクが、インターネットを発祥とした「アノニマス」という集団の活動で使われたりもしています。

ガイフォークスマスクをかぶったアノニマスの活動家

⁡まとめ

陰謀事件が失敗に終わった人にしては、なかなか大きな功績を残した人ですよね。

ガイフォークスさんの波乱万丈な人生は、Wikipediaで日本語でも読めますので、もし興味があったら読んでみてください!

ガイフォークスナイト(Wikipedia)

ガイフォークス

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