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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

子供のヒーローとしてのyou tuber

私はyou tuberにはまったく興味が無いというか、関心が薄いが、ふと見た記事で、このyou tuberがどういう人間か分かったので、メモとして保存しておく。
有名you tuberはたいてい「最初から金持ち」のようで、you tuberをしたから金持ちになったわけではなさそうだ。しかし、今どきの小中学生は「金持ちになるためにyou tuberになる」という誤解をしているのではないか。

(以下引用)

負け組、おちこぼれ、ニートだった田舎の青年が「年商25億のカリスマ」に…YouTuber・ヒカルの“大逆転人生” から続く

 チャンネル登録者数480万人超の“カリスマYouTuber”として知られるヒカル氏。芸能人、アーティスト、文化人、実業家、スポーツ選手や学者──いまや多士済々がひしめくYouTube界において、長年トップをひた走り続けている。なぜ彼は、日本屈指の影響力を持つ存在になれたのだろうか。

 ここでは、ヒカル氏の著書『 心配すんな。全部上手くいく。 』(徳間書店)から一部を抜粋。“カリスマYouTuber”の驚くべき戦略を紹介する。(全2回の2回目/ 1回目 から続く)

◆◆◆

トップ・オブ・トップのユーチューバーになるための決断

 2016年3月、僕は30万人のチャンネル登録者を得ていたゲーム実況チャンネルを捨て、あらたに実写動画チャンネル「ヒカル(Hikaru)」を開設した。トップ・オブ・トップのユーチューバーになるための決断だった。

 それまで実写動画らしい実写動画はほとんど撮ったことがない。ほぼ1からの再スタートだ。周囲からは無謀だと言われたが、もちろん勝算あってのことだ。

 僕は自分のなかにひとつ、シンプルな決め事をつくった。それは「好感度は無視する」ということだ。

「金に物を言わせた企画に『下品だ、はしたない』と非難も…」YouTuber・ヒカルがそれでも“好感度を無視”するワケ
「金に物を言わせた企画に『下品だ、はしたない』と非難も…」YouTuber・ヒカルがそれでも“好感度を無視”するワケ© 文春オンライン

 ここ最近、暴露系とか告発系などと称されるエッジの立ったユーチューバーが人気だったり、一時期は迷惑系なんて呼ばれるユーチューバーが出没して、その行為の是非はともかく話題を振りまいたりした。

 でも僕が実写動画チャンネルを立ち上げた2016年当時のYouTube界はまだそこまでのカオス感はなかった。いまに比べれば、ずいぶんおとなしいものだった。

 その当時の人気ユーチューバーはみんなどちらかといえば行儀がよく、スマートだった。子どもも大人も安心して見られる茶目っ気たっぷりの企画で視聴者の心をつかんでいた。ようするに好感度の高い人ばかりだった。

 新参者の僕がいまさらその密集地帯に割って入るのは無理だ。そもそも僕は好感度なんてものとは無縁に生きてきた。僕は基本的に自分本位の人間だ。なら、それを逆手に取ろう。押し出しの強い企画でひたすら攻めよう。それが僕の戦略だった。

 好感度は無関係。その代わりあらゆるすべてのことをエンターテインメントに変えてみせるユーチューバー。それが僕のポジションだ。そしてそのポジションはがら空きだった。チャンスしかない。

 実写動画チャンネル「ヒカル(Hikaru)」の初期に力を入れたのは検証企画だった。やったらおもしろそう、やったらどうなるか知りたい、でも自分にはできない。そんな視聴者の欲求に応える動画を次々にアップしていった。

 当たりつき自販機を売り切れになるまで買うとけっきょく何回当たるのか。駄菓子屋のお菓子を全種類買い、それぞれどんな味なのかぜんぶ食べ尽くしてみる。1回1000円の高額ガチャガチャを品切れになるまでやり続けるとどうなるのか。賞金100万円の現金争奪じゃんけん大会をやるとどれだけ白熱するのか――。

 どの動画もスマッシュヒットした。おもしろいようにバズった。あっという間に「ヒカル(Hikaru)」の登録者数は増え、チャンネル開設から9か月で100万人到達の快挙を遂げた。これは当時の日本のYouTubeでの最速記録だ。

 で、お気づきのとおり、どれも金に物を言わせた企画である。下品だ、はしたない、そんな非難もあった。もちろんぜんぜん気にならない。むしろ望むところだった。

ヒカルのスタンスを世に広く知らしめた1本の動画

 お金がないとできないこと。勇気がないとできないこと。つまり普通の人は手出ししないことを僕が代わりにやる。そうして素朴な疑問を解き明かす。それがヒカルのエンターテインメントなのだ。

 その僕のスタンスを世に広く知らしめた1本の動画がある。チャンネル登録者が100万人を突破して間もないころにアップした動画だ。

 それは祭りの露店のくじに本当にアタリが入っているのか検証するというもの。僕は札束を財布に入れて露店のくじ引き屋に出向いた。A賞(1等)はニンテンドースイッチの本体。それが当たるまでひたすらくじを引く。でもぜんぜん当たらない。結局、15万円使ったがかすりもしなかった。B賞(ニンテンドースイッチのソフトなど)すら出なかった。明らかにおかしい。

 そのことを店主に問いただすと、アタリくじが入ってるかどうかは自分もわからないと言う。あきれた。ふざけた言い逃れだ。きっとアタリくじなどもとから存在しない。店主と口論になった。納得いく回答はひとつもなかった。もはやこれは詐欺だ。子どもたちを騙して小遣いをむしり取っているだけだ。悪質すぎる。ぶっちゃけ僕はもとから露店のくじ引き屋にうさん臭さを感じていた。いかがわしい印象を持っていた。で、実態は残念ながらそのとおりだった。

 この様子を収めた動画の反響はすごかった。再生回数もそうだが、ネット中で話題になった。そして同時に僕のイメージが広く認知されることになる。

 歯に衣着せぬ発言。タブーに斬り込む企画。いつしか僕には「ダークヒーロー」という異名がついた。それは僕にとってこれ以上ない美称だ。

 ただのヒーローはたくさんいる。好感度の高い人気ユーチューバーたちがそうだ。一方で僕はその対極に立つ。つまり唯一無二のユーチューバー。最強の差別化である。

ダークヒーローになることで最強の差別化に成功

 たいていの人は自分が周りからどう見られているかを気にする。周りから好かれようとする。大半の人気ユーチューバーもまさにそうだ。彼ら彼女らの人気は好感度と切っても切れない関係にある。

 だから僕は逆転の発想を取った。僕はユーチューバーの頂点を目指す。そのために必要なのは? 好感度を捨てることだ。人気ユーチューバーたちはみんな好感度を武器にしている。ならば僕はそこでの勝負はしない。むしろ逆を行く。そこにはだれもいない。最強の差別化だ。そしてその戦略は的中した。

 2016年、遅まきながら実写動画に参入した僕は、リスクやタブーを恐れないそのスタンスから、いつしかダークヒーローという異名がつくようになった。そんなユーチューバーはいままでいない。

 攻めに攻める企画は次々とバズった。「ヒカル(Hikaru)」チャンネルの登録者数は開設から9か月で100万人に到達。さらにそこから半年後には200万人に到達。どちらも当時のYouTubeの日本最速記録だ。

 ダークヒーロー――。不敵な響きだ。でももちろんなにか悪さをするわけじゃない。ただのヒーローの対極にいるのがダークヒーローだ。世のなかは綺麗ごとであふれている。そしてその綺麗ごとがときに人を苦しめる。それを壊すのが僕の役目だ。

 綺麗ごとや正論をまえに、他人と異なる意見を言うのは普通なら難しい。本音を口にすれば不謹慎だと叩かれかねないからだ。でもそんな世のなかは息苦しくないか?

「人に迷惑をかけたらダメだ」「恩を忘れたらダメだ」「人の役に立つ人間になれ」

 そのとおりだ。そのとおりだからこそキツい。雁字搦めだ。身動きが取れなくなる。やりたいこともなにひとつやれなくなる。綺麗ごとは巡り巡ってあなたの可能性をつぶそうとする。綺麗ごとと優しさは別だ。綺麗ごとはたんなる同調圧力だ。強烈な同調圧力である。それに風穴を開けるのはだれだ? ダークヒーローだ。

僕は他人の顔色をうかがわない。思ったことはそのまま口にする。

 たとえば犯罪。犯罪は許されない行為だ。あたりまえだ。これは綺麗ごとでもなんでもない事実だ。法を犯した者は処罰されるべきだろう。でも犯罪者にも犯罪者の事情がある。窮地におちいった結果、やむにやまれず犯罪に手を染めてしまう人だっている。そうであれば僕は擁護する。ひとつの過ちがその人の全否定になるなんてあってはならない。だから周りがどう言おうと僕は擁護する。

 犯罪のような重い話にかぎらずそうだ。僕は本音を隠さない。不味い料理には不味いと言う。つまらないものにはつまらないと言う。くだらない忖度はしない。それで何不自由なく生きていけている。むしろそんな人生のほうが楽しくて豊かだ。違うだろうか? 僕はそう思う。それを身をもって表現してみせるのが、ヒカル流のエンターテインメントだ。

ダークヒーローであることの最大の強みとは?

 僕はファミリーレストラン「ジョイフル」に声をかけてもらい、たくさんのメニューをプロデュースさせてもらっている。ありがたいことにどれも好評だ。2021年7月の販売開始から1年で累計400万食を突破したらしい。

 ヒットの理由はいろいろあるだろうが、忖度せず本音で生きる僕のスタンスも貢献したと思っている。あのヒカルが美味いと言うなら美味いんだろう。そう思ってくれた人も少なからずいるはずだ。本音は信用を得られるのだ。

 ダークヒーローであること。その最大の強みはなんといってもコアで熱狂的な支持を得られることだ。たとえばマンガの人気キャラクター投票を見ると、善とも悪ともつかない不敵なキャラが上位につけることは珍しくない。

 マンガ『ドラゴンボール』のベジータなんかがそうだ。主人公(ヒーロー)の孫悟空よりもベジータのほうが好きだという人は多い。僕もそのひとりだ。ベジータははじめ悪役だったが、そのあと改心して悟空の味方になった。とても頼もしい味方だ。でも完全に正義の人物になったわけではない。冷酷な一面も併せ持つ。そんな得体の知れないダークヒーローぶりがベジータの魅力だ。

 ダークヒーローは予測がつかない。なにをやりだすかわからない。だからハラハラさせられる。ワクワクさせられる。目が離せない。

 僕もそうあり続けたい。ダークヒーローがヒーローを凌駕する。そんな逆転劇を演じたい。そのときは近づいている。ジャイアントキリングだ。きっと熱狂を生むだろう。史上最高のエンターテインメントだ。そしてそこに新しい世界が開けるだろう。だれも見たことのない楽しい世界が。

(ヒカル)

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