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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

粘着テープの性能と気温

粘着テープは色々あるが、それらには「〇〇度以上になると使えません」という注意書きはあるのだろうか。下のツィートだと、おそらく40度近くなると粘着能力が無くなるのだろう。(車内気温と同様に、エアコン無しの室内気温は外気温より高くなるとしたら、45度以上か。)





仕事場に人がいない日は当然エアコンを止めているわけだが、その間に暑さで粘着テープが溶けて、アニメ関係のポスターが落下しまくる。



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「さよならクリストファー・ロビン」のポスター

これは、実話にもとづく映画のようだが、ミルンの「くまのプーさん」のイメージを見事に表現したポスターである。特に背景の木々がシェパードのタッチで素晴らしい。ミルン作品を本当に好きなスタッフが作った映画であることがよくわかる。
なお、クリストファー・ロビンはミルンの童話の中で実名で「出演」させられたため、いじめを受け、父親とも不仲になったという。しかし、「くまのプーさん」によってその名前はミルン以上に不朽のものになったわけだ。






除湿と冷房、どちらが電気料金は高い?

下の記事にあるように、夏季のエアコンの除湿は「弱冷房除湿」のはずだから、一般に言われているのとは逆に、除湿のほうが冷房より電気料金はむしろ安くなるようだ。




エアコンの「冷房」「除湿(ドライ)」のしくみ

まずはエアコンの「冷房」「除湿」それぞれの機能のしくみを知っておきましょう。

梅雨~夏の時期にかけて使うエアコンの機能はドライ(除湿)機能と冷房機能ですが、エアコンのドライ機能には「弱冷房除湿」と「再熱除湿」という2種類の機能があり、それぞれ以下のように目的が異なります。

エアコンの冷房機能

室内の温度を下げる

エアコンのドライ(除湿)機能

室内の湿度を下げる

弱冷房除湿
室内気温を下げつつ(冷房しつつ)除湿する
再熱除湿
室内気温を下げずに除湿する

上記のように、冷房は室内の温度を下げることを最優先とした機能で、ドライは室内の湿度を下げることを最優先とした機能です。さらに、ドライ機能のうち「弱冷房除湿」が冷房しながら除湿するのに対して、再熱除湿は室内気温を下げないよう除湿のみを行います。

エアコンの「冷房」「弱冷房除湿」「再熱除湿」はどの機能が一番電気代が高くなるの?

エアコンの「冷房」「弱冷房除湿」「再熱除湿」の中で最も電気代が高くなるのが「再熱除湿」です。次に「冷房」「弱冷房除湿」となります。

一番電気代が高くなるのは?

再熱除湿>冷房>弱冷房除湿

なぜ「再熱除湿」機能を使うと電気代が高くなるの?

再熱除湿機能に電気代が多くかかるのは、除湿のしくみの違いにあります。「冷房」「弱冷房除湿」「再熱除湿」は以下のように運転されています。

冷房
エアコンが室内の空気を取り込み、空気中の「熱」を取り除き、冷たくなった空気を室内に戻している。
弱冷房除湿
エアコンが室内の空気を取り込み、吸い込んだ空気を冷やして空気中の「水分」を取り除き、水分が取り除かれた空気を室内に戻している。
再熱除湿
エアコンが室内の空気を取り込み、吸い込んだ空気を冷やして空気中の「水分」を取り除き、水分を取り除くために冷やされた空気を温め直してから室内に戻している。

上記のように、再熱除湿は取り込んだ空気を冷やすことで空気中の「水分」を取り除いたのちに、そのまま室内に戻してしまうと室内が冷えてしまうため空気を温め直してから室内に戻しています。そのように、空気を温め直す分電気代が多くかかってしまいます



懐かしの里見公園

  1. 私は大学を教養学部だけで中退した人間だが、その大学の教養学部が市川国府台にあったので、里見公園には授業をさぼってよく行ったものである。春から初夏の里見公園や、すぐ傍の江戸川べりは、散歩や瞑想に最適の場所で、大学の授業に出る以上のメリットがあるいはあったかもしれない。歯学部だったから、仮に卒業しても一生他人の口の中を覗き込む人生だったわけで、ドロップアウトしたおかげで経済的な苦労はしたが、逆にいくらかは面白い人生になったようにも思う。
  2. ゆうき まさみ認証済みアカウント @masyuuki 24時間前
  1. 里見公園のちょっと市川よりに和洋女子大というのがあって、これも高台になっているので、京成国府台駅の辺りまで、あの辺一体が城郭化していたのではないか、とか、江戸川に向かって背後の真間山はどういう役割を果たしていたのか、とか、今になってから想像を巡らせてるんだよね(^_^;)
  2. 6件の返信 46件のリツイート 153 いいね
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  1. 足元に歴史あり。
  2. 4件の返信 23件のリツイート 100 いいね
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  1. 僕は小学生の頃、千葉県の市川市に住んでいたことがある。江戸川の川辺に「里見公園」というのがあって、遠足でも行ったし、友達と遊びにも行った。「お城の跡」という話も聞いていた。何十年も経ってから思い出し、「あ、国府台合戦の舞台か!」と思い至って、現在ちょっと感動している。
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どこで生まれるかという幸福と不幸の分かれ目

記事を読む限りでは、真面目な子のように思える。不幸な境遇の中で生きるために苦闘してきた結果としての少年院入りだったのだろう。

戦慄そうそう。少年院生活は辛かった一方で、どこか温かさも感じていました。「一生ここにいろ」と言われたらそれはそれでいいなって……。私に限らず、少年院に来るのって、社会や家庭の中で身の危険を感じて育ってきた子が多いから、ちゃんとご飯があって、先生が優しくて、勉強させてもらえて、本が読めてという当たり前のことが、なんだかすごく幸せに感じられたんです。

という言葉は、なかなか賢い子だな、と感じる。



エンタメ

少年院上がりのアイドル・戦慄かなの「少年院は幸せでした」

 昨年10月、あるアイドルオーディションで衝撃の告白があった。「私、少年院出身です」――。そうカミングアウトしたのは戦慄かなの氏。件のオーディション「ミスiD」では、「サバイバル賞」を受賞。壮絶な幼少期、非行、少年院を経て、現在は大学に通いながら、アイドルとして活動している。さらに虐待を受けている子どもたちに向けた支援事業も開始。道なき道を切り開く19歳にこれまでの軌跡と自身の将来を聞いた。

戦慄かなの/アイドル

戦慄かなの/アイドル

――「少年院出身アイドル」として最近ではさまざまなメディアで取り上げられていますね。

戦慄かなの(以下、戦慄):ありがとうございます(笑)。でも……本当は、「少年院出身」っていうのとアイドル活動は切り離したいと思っているんですよ。どうしてもセンセーショナルだから、その部分を切り取った紹介のされ方になっちゃうのもよくわかるんですけどね。

――「そういう個性のアイドルとしてやっていこう」と思ってのカミングアウトではなかったんですね。

戦慄:そうなんです。アイドルのほかに、育児放棄や児童虐待への支援も行っていきたいと思っていたので、その活動のために少年院出身だと明かしました。もちろん「ミスiD」の最終面接では「少しでも爪痕を残したい」と思っていた部分はあるのですが、決して売名のためだったわけじゃないんです。それ以前は「のーぷらん。」というアイドルグループで活動していたのですが、少年院の話は隠していました。だって単純に全然かわいくないですよね、「少年院出身」って(笑)。私自身がもともとアイドルが好きなのもあって、やっぱりファンの方たちはそんなの求めてないだろうなって思うんです。

――AKBやハロプロのような、いわゆる正統派のアイドルに憧れて?

戦慄:そうです。それに「虐待」や「少年院」「児童支援」といったキーワードがアイドルの活動と結びつくと、偽善とか売名っぽくてうさんくさくないですか? テレビの「アウトローな人特集」とかに呼ばれるのもありがたい半面、複雑です。私としては、切り離して両方とも真剣にやっているので、片手間にやっているようなものだと誤解されないようにしないとなって思っています。

――こうやってお話を伺っていると、少年院にいたという過去がなかなか想像できないです。

戦慄:いやー、少年院に入ったばかりの頃はめちゃくちゃ反抗していましたよ! おかげでたいていの人が10か月くらいで出られるところを、私は2年近くかかりました(笑)。私がいたのは中等少年院なのですが、2年って中等少年院に入っている期間としてはほぼマックスなんです。

――そもそも何をして少年院に?

戦慄:14歳の頃からだんだんと家に帰らないことが多くなり、歌舞伎町や秋葉原などをウロウロしていたら、次第によくない人とも交流が増え、犯罪が身近になっていました。いろいろあったんですが、お金を稼ぐ手段としていわゆるJKビジネスを個人で仕切るようなことをしていたこともありました。

――それは誰かに教えられて?

戦慄:いえ、自分で考えました。

――商才が……と言っていいのかわからないですが、すごいですね。

戦慄:あの頃はとにかくお金への執着が強かったんです。母と妹と3人暮らしだったのですが、何日もご飯をもらえないまま妹と放置されて。誰も頼る人がいなかったから、「このままお母さんが帰ってこなかったらどうしよう」ってうなされていました。そんな毎日だったから、お金さえあれば自立できると思い、次第にブラックなビジネスに手を出すようになってしまいました。


少年院で知った「居場所がある幸せ」


――少年院ではどのような生活を?

戦慄:作文を書いたり、先生なりの何かメッセージのこもった映画のDVDを見せられたり。最初は嫌すぎて、課題をビリビリに破いてトイレに流して詰まらせたり、監視カメラに向かってサンダル投げて中指立てたり、ひどかったです(笑)。でも今思えば私、甘えたかっただけなんですよね。先生にかまってもらいたくてやっていたところがあります。

――ご家庭で甘えさせてもらえなかった分?

戦慄:そうそう。少年院生活は辛かった一方で、どこか温かさも感じていました。「一生ここにいろ」と言われたらそれはそれでいいなって……。私に限らず、少年院に来るのって、社会や家庭の中で身の危険を感じて育ってきた子が多いから、ちゃんとご飯があって、先生が優しくて、勉強させてもらえて、本が読めてという当たり前のことが、なんだかすごく幸せに感じられたんです。

※7/31発売の週刊SPA!のインタビュー連載『エッジな人々』から一部抜粋したものです

【戦慄かなの】
’98年、大阪府生まれ。「ミスiD2018」でサバイバル賞を受賞。現在は大学に通う傍らアイドルとしても活動。また、育児放棄・児童虐待への支援を行う「bae」を立ち上げるなど、自身の経験を生かして精力的に発信している

取材・文/朝井麻由美 撮影/尾藤能暢


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