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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

もはや「お嫁さんになりたい」は少女の憧れではない?

「嫁」という言葉が差別語かどうかというのがマスコミで少し話題になっているようだが、要は使い方だろう。夫が自分の妻(配偶者)を「これ、俺の嫁です」「うちの嫁が」とか言うのは当然間違いであるが、大阪の男、特にDQNな男に多い印象だ。
そもそも論で言えば、「嫁」という漢字の感じが悪いwwというか、女偏に家だから、家中心の思想なので、現代女性には不快感があるだろう。実際、夫の両親、特に母親から見れば「我が家に他所から入ってきた侵入者」という思いがあるはずで、それが永遠の嫁姑問題の根源だ。今の時代、家と家の関係を結ぶのではなく、夫と妻が新しい家庭を築くのが結婚なのだから、嫁という言葉はお蔵入りでいいかと、保守主義者の私ですら思う。


(以下引用)

  • 7. 
  •  
  • 2020年12月02日 15:26  ID:uVNwtFbx0
  • 嫁→夫の両親が使う
    奥さん→他人に対して使う
    とりあえず妻(夫)って言っとけばいいっぽいな
    添え物とか言われるのは知らん

    家内って言葉も間違ってないらしいけど、家にいる人って意味らしいから騒ぐ人もいるやろね
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原爆ナスビ?

この年になって初めて知る真実!
私も「原爆ナスビ」だと思っていた。子供だから、特に意味は考えなかったが、変な言葉だとは思っていた。まあ、民謡そのままではなく、社会風刺か何かだとうっすら思ったのかもしれない。
なお、「玄白」とは「黒と白」という意味。「玄人」を「くろうと」と言うように「玄」は黒を意味する。おそらく、ナスビの表の皮は黒で、中身は白いことを玄白なすびと言ったのだと思う。

唐沢なをき
@nawokikarasawa
『おてもやん』の「玄白なすび」をずっと「原爆なすび」だと思ってた。



こむら返り

老齢になってしばしばこむら返りを起こすようになったが、あまりの痛さに、筋肉断裂(肉離れ)ではないか、とすら思ったほどの激痛を起こすこともある。病院で「こむら返り」だと診断され、そこで処方された漢方薬(芍薬甘草湯)が劇的に効いて、症状は治まったが、老齢に伴うものでもあるので、完治は無いと思う。足を温めるようにとお医者さんからはアドバイスされた。葛根湯が万病の薬と言われるように、身体を温めるのは免疫機能増強効果など、漢方の基本ではないかと思う。



こむら返り(足がつる)について

こむら返りってどんな病気ですか?

こむら返りってどんな病気ですか?

ふくらはぎに起きる筋肉のけいれんの総称です。

足がつることもこれにあたります。
基本的には病気ではありません。

ふくらはぎの腓腹筋が異常な緊張をおこし、筋肉が収縮したまま弛暖しない状態になり、激しい痛みを伴う症状です。

基本的にはすぐ収まる症状ですが指や首、肩などにもこの症状と同じような現象を起こします。

どうしてこむら返りは起きるのですか?

大脳から発信された信号が脊椎中の神経系を通り、ふくらはぎへと直結する末梢神経へ伝達されて初めて収縮運動を起こすのが通常のメカニズムですが、 場合によってはその信号がふくらはぎ内の一部の筋肉にしか伝達されないため、その筋肉部のみが過度に収縮するという異常な事態が引き起こされることがあります。
その異常な収縮により痙攣を起こしてこむら返りが起きます。

運動を長時間続けて疲れていたり、ウォーミングアップが不足していたり、体力が落ちていたりする時、運動不足などの時に起こりやすくなります。
特に高齢者の多くは慢性の運動不足のために常に腓腹筋が緊張した状態にあり、少し足を伸ばしたりふくらはぎを打ったりしただけでもこむら返りを起こすことがあります。睡眠時にも起こる場合が有ります。

上記のいずれの要因にも基づかない理由で発生するこむら返りがあり、それは他の疾病が原因として生じる可能性が強いことが指摘されています。

他の疾病の例としてこれまで指摘されてきたものとしては、腰椎椎間板ヘルニア、糖尿病、腎不全、動脈硬化、甲状腺異常、妊娠などが挙げられます。

こむら返りの治療方法はなんですか?

痛みがひどいときには、筋弛緩薬、抗不安薬、漢方薬などが用いられます。
一般的にはビタミンEを摂取すると効果的といわれています。

今後の生活の注意点はなんですか?どのように生活習慣を改善したらいいのですか?

激しい運動を行う前にはストレッチ等の準備運動を行うこと
運動後・発汗後の水分補給や塩分補給を行うこと
それほど激しい運動をしない日常生活を送る場合でも、マッサージやストレッチなどを定期的に行うことで神経の一極集中を防ぐことが可能となります。

どういう人がなりやすいのですか?

運動中に起こることや、立ち仕事の多い人、高齢者、妊娠中の方に見られます。
しかしはっきりとした原因は分かっていません

どの診察科にかかった方がよいのですか?

基本的には一過性のものなので特に心配はいりません。

しかし毎日のように頻繁に繰り返す、痛みが続く場合はまずは整形外科、内科の診療にかかるとよいでしょう。



プラスもマイナスも前との比較による

まあ、自分でも愚論かな、とは思うのだが、金持ちや権力者の家に生まれるのはある意味不幸かな、と思う。と言うのは、生まれた時が絶頂で、そこからは落ちるしか無いからである。高い地位や財産を守る苦労もあるだろうし、周りの人間がみな、自分を利用しようとする人間だけで、人間そのものが信じられなくなる。偉人の2世が偉人になった例が驚くほど少ないのは、すでに恵まれた境遇にあって、努力や向上の必要性も無く、向上の喜びも無いからではないか。親と比較されて劣等感を味わうのはしょっちゅうだろう。
私は、人生の喜びの中でも上昇感覚は大きな喜びだと思うのだが、最初から頂上にいる人間は落ちるしかなく、不幸だ、というわけだ。逆に、最初から最低の場所や地位にいる人間は毎日が上昇である。
などと考えたのは、最近私は体の不調に悩まされることが多いのだが、時々、それが快方に向かうことがあって、その嬉しさは、病気にならないと得られなかったな、とふと思ったからだ。

良寛のエピソードとして知られている話で、良寛がある人から、カネを拾うと嬉しいと聞いて、持っている1文銭か何かを道に投げて拾ってもちっとも嬉しくない。ところが、その投げた銭が変なバウンドをして見つからなくなり、必死で探すと見つかり、それが嬉しかったので、あの人の言ったのは本当だったと納得したという話がある。これがつまり、私の言う「上昇感覚」である。プラスからより上のプラスになるのも、マイナスからゼロやプラスになるのも、前の基準点から上昇したのだ、ということである。世間の人は、「絶対的なプラスやマイナス」を妄想したり、それが妄想ではなくても重視しすぎたりしていないか。

言葉についての「常識でない常識」

世間の人間は言葉というものにさほど厳密性を求めない(ということは論理性も実は持っていない)ものだが、私は理屈好きであると同時に、言葉にも興味を持っているのはこのブログの内容で分かるだろう。
で、言葉についての「常識でない常識」をふたつほど書いておく。

1:「愛別離苦」は「愛別・離苦」ではなく「愛・別離苦」である。これと同じような構成の熟語が「一衣帯水」で、これも「一衣・帯水」ではなく「一衣帯・水」である。我々は「2字+2字」の四字熟語に慣れているため、四字熟語をみな「2字+2字」で読んでしまうわけだ。
なお、「一衣帯水」は、衣服の帯のような海峡を挟んだ隣同士の国の意味で、中国あるいは韓国と日本の関係を好意的に表現したものである。つまり、「お隣さんだから仲良くしよう」というニュアンスだ。
「愛別離苦」は「愛して別れる苦しみ」の意味で、「愛・別離・苦」という構成とも言えるが、苦しみの中心は別離にあるのだから「別離苦」はひと続きで読むべきだろう。

2:日本語の助詞の「の」はそれ単独でも「のような」の意味になる。「花の顔(かんばせ)」は「花のような顔」である。これと似ているものに「と」を比喩で使う用法がある。「花と散る」は「花のように散る」である。