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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

アスピリンの「血液サラサラ」効果

「日刊ゲンダイ」デジタル記事の一部だが、医者もアスピリンが血圧をサラサラにする(医学的には何と言うのか分からない)効果があることは認めているようだ。
薬局で買える「血圧サラサラ薬」はアスピリン以外には無い(ワーファリンも買えるのだろうか?)ようだが、頭痛なども無いのにアスピリンを毎日飲むのも少々ためらってしまう。まあ、少し買ってはある。

(以下引用)


脳梗塞の意外なサイン…年を重ねて「背」が縮んだら要注意

前かがみに注意
前かがみに注意(C)日刊ゲンダイ

 変位走行異常が起こった最初のうちは、頚動脈が動くので喉の違和感を覚える。経験を積んだ耳鼻咽喉科医が脈を取りつつ口腔内の検査をすれば、異常を見つけられる。

「アスピリンやワーファリンなどで血液をサラサラにして、脳出血を起こさないように血圧をコントロールすれば脳梗塞を予防できます」



(追記)アスピリンは古くから医薬品として知られていた柳の木から取られていたと言い、歴史があるだけに信頼性もあり、ある程度の安全性もあると思うが、副作用もあるらしく、胃腸障害や腎機能障害の可能性もあるようだ。まあ、「脳梗塞と心筋梗塞の標準的予防薬として使われた」というのだから、予防効果がちゃんとあるのだろう。


●アスピリン まず、抗血小板薬について説明します。その代 表がアスピリン、つまりアセチルサリチル酸です。 ベンゼン環についている水酸基がアセチル化され ている構造です。本来はサリチル酸として開発さ れ、それは柳から抽出されていたのですが、その 副作用が大きかったため、アセチル化することに より副作用を軽減し、製剤化されました。 アスピリンは、1897年にドイツのバイエル社の ホフマン博士によって合成されたのですが、作用 機序が分かったのは1971年でした。イギリスのべ イン博士が、アスピリンが血小板凝集・血管収縮 をもたらすプロスタグランジンの生成を抑えるこ とを報告したのです。そのことでべイン博士はノー ベル賞を取りました。 1985年には米国FDAが心筋梗塞の治療薬として 承認し、脳梗塞と心筋梗塞の標準的予防薬として 使われるようになりました。2000年には厚生労働 省が抗血小板薬として承認し、2005年に川崎病の 治療薬として承認されています。






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口中清掃行為としてのうがい

「日常生活動作の考察」のひとつとして、「うがい」を考えてみる。

うがいをやる人間の多くは、口に水を含んで上を向き、喉の辺りに溜めた水に肺から空気を送って水泡を作り、「ガラガラ」とやる、というものだろう。
で、これが風邪の予防とされていたが、実は風邪の予防にはあまり役立たないとも最近では言われているようだ。
だが、私の考えるうがいの効用は、風邪の予防とは関係がない。単に口中の清掃である。
食事をした後の口の中がいかに「食物ゴミ(細片)」だらけか、うがいをするとよく分かる。これは、歯磨きなどをしても気づかないものだし、実は歯磨きではこの食物ゴミは完全には取れない、と私は思っている。と言うのは、歯ブラシの毛先では歯と歯の間に届かない部分があるし、歯肉ポケット(と言ったか)にも届かない部分があるからだ。だが、水ならそこに届くし、水流の力というのは思ったより大きなものだ。特に、歯で囲まれた内部に溜めた水を歯の隙間から外(つまり歯と頬肉や口唇の間の空間)に押し出す水流の力は案外大きく、歯の内外で水を往復させる運動を数回繰り返すと歯間にあった実に大量の食物ゴミの細片が取れて水の中を漂うのである。
これをやる際には、最低でも十回以上は水の往復をさせるべきである。と言うのは、歯の間に挟まったゴミが水で動かされても、一回の水流では挟まったままで、それが数回の水の往復で動かされてやがて取れるからだ。
これは歯間だけでなく、歯と歯肉の間のポケットに押し込まれた食物ゴミにも言えることである。

まあ、こういう感じで、日常の動作や行為の中には、「間違ったやり方」をしていて無意味になっているものが案外たくさんあるのではないか、と私は思っている。

日常生活動作の原則を考えること

私は一見些細な物事の「意味」や重要性を考えることが好きなのだが、たとえて言えば、スーパーなどの大売り出しで「100円」ではなく「98円」で売り出すようなことである。価格の2パーセントの違いは、売上が一億円なら200万円相当で、小さくはないが、その2円の違いの魅力で客足が本当に伸びるのなら、98円にする意義は損失より大きいだろう。これが為替などだと1円どころか1銭の違いでも大きな意味がある。
人生問題でもそういうことが多々あるのではないか。
たとえば、「呼吸の仕方」「歩き方」「座り方」「立ち方」「静止や動き出しの仕方」など、毎日無意識にやっていることでも、実は「最良の方法」があり、それが長い年月の間に大きな違いを生み出すのではないか、と考えたりするわけだ。
呼吸の仕方などだと、切迫した呼吸の仕方(呼吸の浅さ)が健康に悪いことはある程度知られている。だが、歩き方など意識しているのはファッションモデルくらいだろう。それも美的観点からのみで、健康にいいかどうかはあまり考慮されていないと思う。座り方や立ち方は私自身もさほど考えていない。しかし、「静止や動き出しの仕方」は、動作の基本として考慮するべきことだと思う。これが事故防止につながるからである。
今の時代にはタンスそのものがあまり見られない家庭もあるかと思うが、昔はタンスの角に足の小指をぶつけてしまう「事故」が多かったと思う。たいした事故ではないからすぐに忘れられ、同じ事故を何度も繰り返したりする。つまり、「動作の原則」が考慮されないから同じミスが何度も起こるわけだ。
まあ、昔は家の中に家具が少なかったから、「タンス事故」が家の中の事故の中で印象に残るのかもしれない。今のように家の中に家具が溢れている時代には、それなりの「動作の原則」が無意識に確立されている可能性もある。(要するに、動き出しをゆっくり行うだけであると思うが。)
そうした「日常生活動作の基本原則」を考察するのも、私の「生活の技術」の考察の一部である。

組織は頭から腐る

おそらく電通のネットマガジンだと思われる「電通報」というサイトから転載したが、日本を腐らせた最大の犯罪組織である電通がこういう記事を書いているのが面白い。国家は腐らせたが、電通自体は腐っていない、と言いたいのか。
なお、「魚は頭から腐る」は西洋のことわざだと書いてあるが、「鯛は頭から腐る」というのは、日本で作られたのだろうか。そして、実際に、魚、特に鯛は頭から腐るものだろうか。
ちなみに、「鯛は頭から腐る」をグーグル検索すると、辻本清美批判記事がずらっと並ぶ。検索エンジンが政権に抑えられていることがよくわかる。


(以下引用)


「組織は頭から腐る」

魚も組織も頭から腐る

「魚は頭から腐る」は西洋のことわざですが、企業や組織でも「組織は頭から腐る」という言葉が使われます。「頭」とは、社長など組織長を示しており、社長の社内での無理な業績要求や、目標達成を過度に追求する姿勢・発言が、組織(企業)を腐らせることを表現しています。要するにこの言葉は、危機管理におけるトップの重要性を訴えている言葉なのです。

実際に、われわれが企業の緊急時広報を支援している現場においても「上からの強い要請があった」「物を言えない社風が…」などの声が漏れ伝わってきます。

トップの過度なプレッシャーから組織文化が壊れていき、世間の常識と企業の常識にズレを生じさせ、結果、不正が行われてしまう。こうしたことは、多かれ少なかれ記事を目にしている企業人であれば感じたことがあるのではないでしょうか?

組織の頭(トップ)というのは、強いリーダーシップがあるものであり、その発言や文章は、自身が考えている以上に強い影響力があるということを、経営者や危機管理担当者はあらためて強く認識すべきでしょう。近年はメールやLINEなどでの指示や命令も増えていると思います。しかしテキストでのコミュニケーションは、淡泊になりがちでニュアンスが伝わらず、高圧的指示に受け止められやすいコミュニケーション手法であることを、あらためて考慮する必要があると考えます。

寝仏陀と寝豚

「ねぷた(ねぶた)祭」の「ねぷた(ねぶた)」の意味が知りたくて調べたが、定説は無いようだ。青森方言に、それに近い言葉は無いのだろうか。私は「寝仏陀」などはどうかと考えている。つまり、東南アジアでよく見る「寝釈迦」を最初は祭の象徴に描いていたのだろうが、その後いろいろな絵が出てきたという説だ。まさか「寝豚」ではないだろうwww


(以下引用)


名称[編集]

「ねぶた」「ねぷた」の語源には諸説あるが、「眠(ねぶ)たし」[5]、「合歓木(ねむのき、ねぶたのき、ねぶた)」「七夕(たなばた)」「荷札(にふだ)」などに由来する説がある[6]

青森市や青森市周辺と下北が「ねぶた」なのに対し、弘前市を中心とした津軽地方では「ねぷた」と呼ばれるところが多い。

起源[編集]

「ねぶた」の起源にも諸説あるが、禊祓に由来するという説が現在では有力である[6]。さらに、除災行事としての「眠り流し」や星祭りのひとつである「七夕」、仏教行事と習合した民俗行事「お盆」など、様々なものから影響を受けて現在のようになったと考えられている。