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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

「正しい歩き方」の問題

「隠居爺の世迷言」記事の一部で、たいていの人にはどうでもいいだろう「歩き方」の話だが、私は昔から「正しい歩き方」はどういうものなのか、興味を持っていて、実際、正しい歩き方をしなかったために膝に軽い故障がある。子供のころに読んだ昔の漫画に、プロ野球の米田投手は内股で歩く、と書かれていたので、それが彼の投手寿命の長さの原因だろうと思って真似したためである。つまり、わざわざ膝関節を不自然に使っていたわけだ。現在は、むしろ、外またのほうが人間、特に日本人の骨格から見て自然だ、と思っている。
で、下の記事のように、「膝を先に出す」というのも、膝関節保護のためには正解ではないか、と思う。もちろん、ほんの数ミリの話だ。漫画の「るきさん」(高野文子)ほど極端な歩き方ではない。しかし、膝関節保護のためには、数ミリほど膝を曲げた状態で歩く、あるいはその状態で足を着地させるのが正解ではないかと思う。それによって、踵だけで着地するのではなく、足裏全体がほとんど同時に着地し、それも着地のショックを軽減するのではないか。足全体をまっすぐにして歩くのは欧米人っぽくて、あるいはファッションモデルみたいで恰好いいかもしれないが、O脚気味の日本人には不向きだろう。

(以下引用)

 歩くことは私にとって長年の課題になっていて、今でも試行錯誤が続いています。特に不自由を感じることはないのですが、歩いていてどこかおかしいと感じるのが理由になります。うまく歩けている気がしなくて、不全感がつきまといます。

 そのために、ジョギングに精を出したこともありまして、終いにはフルマラソンにも1回だけ挑戦しました。毎週末に20km走ってみたり、毎朝5km走ってみたり。でもそのようなことでは解決しませんでした。筋力の問題ではなく、歩き方の問題だったようです。

 このブログのコメントで、「足の親指と人差し指に輪ゴムをクロスして掛けるといい」というヒントもいただいて試してみました。その頃から少しずつ良くなってきたようです。最近気をつけているのは、歩くときに膝から足を出すということ。結局のところは腿を上げて歩くということなのですが、腿を上げろといわれても上がるものではないですね。ところが膝を前、あるいは「前方やや上に出す」ように意識すると比較的スムーズです。

 しかし面白いですねえ、うまく歩けなくなるなんて。これは老化という一言で済ませられるものではなくて、バランスの崩れのような気がしています。筋力、俊敏さ、基礎代謝、体重などいろいろなものが変化してきて、若いときと同じ感覚ではうまく歩けなくなるように思います。私の場合、走ることはできても上手く歩けないという感覚だったのでこのような解釈になります。

 結局、赤ちゃんのように、一から歩き方を憶えないとダメみたい。それで自分の体のバランスにあった歩き方を見つけるということかな。長距離歩けばいい、長時間歩いて訓練すればいいという問題ではなく、歩く方法の問題になります。
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街場と市井

内田樹の「専用文句」みたいになっている「街場」という言葉について内田自身が説明しているので、メモしておく。私自身は、国語辞書にも載っていない(だろう)この「街場」という言葉が大嫌いで、そういう言葉を使う内田樹にも偏見を持っている。「街中」「市井」という、まったく同義のちゃんとした日本語があるからだ。ついでながら、「市井」は「しせい」と読む。この言葉は大衆小説で「山本周五郎の市井物」のように使う。武士の話ではなく町人の話ということだ。

(以下引用)


 この機会に韓国読者向けに内田先生が考えていらっしゃる「街場」という言葉の意味あいを教えていただければ幸いです。

内田 こんにちは。今回は「街場」の意味ですね。ううむ、これは僕に訊かれても困るんです。というのは、この言葉を最初に僕の書き物のために選んだのは江弘毅さんという編集者だからです。2002年か3年に、彼が当時編集長をしていた関西の情報誌『Meets Regional』に連載コラムを寄稿することになりました。そのときに彼がつけたタイトルが「街場の現代思想」でした。かっこいいタイトルをつけるなと感心しました。「街場」というのは江さんの愛用する言葉でした。
 たぶん江さんは知識人と市井の人が行き交う空間のことを「街場」と呼んでいたのだと思います。そして、編集者の仕事は、知識人の専門的知見を噛み砕いて市井に伝え、同時に生活者のリアルな実感を学術の世界に繰り込むことである、と。そういう力動的な往還の場を創り出すことが編集者の仕事だと思っていた。そのような場においてのみ「生きた言葉」は生まれるはずだと思っていた。
 その通りだと思います。生活者の実感が「空疎」だとみなしたものは、学術的にどれほど厳密であっても、現実を変成する力を持ちません。逆に、世界のどこでも通用するような汎通的な知の層に達し得ない生活実感は、結局そのごく狭い地域的限界から出ることができない。
 同じことを裏返して言えば、生活者がほんとうに自分の生活にしっかり根を下ろしていれば、学術的に汎用性の高い知見に触れたときに、それが初めて聴く言葉でも決して「空疎」だとは感じないはずです。また、生活者が(言語や親族や交換について)いのちがけで守ろうとする倫理や規矩があるとすれば、それはどこかで「暗黙知の次元」に通じている。そういうことです。
 江さんと最初にお会いしたころ、よく「ウチダ先生の話は街場でも通りますわ」という言い方をしてくれました。「街場でも通る」というのは、江さんの「最高のほめ言葉」でした。僕はそう言ってもらったことをとてもうれしく思いました。そして、自分のいるべき場所はそこだと確信しました。
『寝ながら学べる構造主義』というのが、僕の「街場的」な書き物のデビュー作でした。レヴィ=ストロース、ラカン、フーコー、バルトらフランスの構造主義者たちの知見を、日本の高校生でもわかるように噛み砕いて説明したものです。「こういうもの」が絶対に必要だということについては確信がありました。それまでなかったからです。それまで書かれた構造主義の入門書は、学者が「素人相手」に、話をはしょって、ざっと概説するという感じのもので、どこかに読者を見下したところがありました。事実、そういうタイプの本のことを学者たちは平気で「啓蒙書」と呼んでいましたから。「啓蒙」って「蒙を啓く」(愚鈍な人間を開化する)という意味ですからね。すごいです。
 僕はそういうものを書く気はありませんでした。高校生でも、彼らが生活者としてしっかり根をおろしていれば、構造主義の本質的なところは理解できるはずだと思っていました。だって、それは言語と親族と交換についての深い知見だったからです。
 高校生だって、言語を操るし、家族とともに生きているし、経済活動にかかわっています。素材は彼ら自身の経験のなかに豊かに存在する。ふだん、ふとした機会に「生きた言葉」と「死んだ言葉」の違いがあることに気づいたり、家族であるというのはある種の「役割演技」をすることだと気づいたり、贈り物をもらったあとに何も「お返し」をしないと気持ちが片づかないとしたら、彼らは「人類の暗黙知」にアクセスする回路にすでに手が届いていることになります。だったら、別に「啓蒙」する必要なんかない。高校生自身がおのれの生活実感の深層に向けて垂直に掘ってゆけばよい。そのための作業の指針になるものを書きたいと思っていました。
 たぶん、そういうふうに読者の主体的なコミットメントを「当てにして」本を書く学者というのがあまりいなかったということなんだと思います。僕は読者の知性を信頼して書くべきだと思っていました。それは教育者としての経験がもたらした確信でした。子どもを大人にしたければ、大人として扱う。学生たちに知的に成長して欲しかったら、すでに知的に十分に成熟している人間として扱う。子どもたちは自分に向けられた「敬意」を決して見逃すことはないからです。
敬意」というのは「愛情」よりも「信頼」よりも、はるかに伝達力の強いメッセージです。若い人たちが最も敏感に反応してくれて、こちらの意図を過たず受信してくれるのは「敬意」です。だったら、読者の知性にきちんと敬意を払えば、先方は「受信する構え」をとってくれる。そうすれば「書き手と読み手の間の回路」が形成される。「回路」さえ通れば、あとはそこに情報を流せばいい。
 コミュニケーションには、メッセージとメッセージの読解の仕方を指示するメタ・メッセージの二層があります。「これから私が語るのは、あなたたちが十分に知的に成熟していることを前提にしている」というのは、読解の仕方を指示するメタ・メッセージです。そのメタ・メッセージを読者が過たず受信してくれれば、コミュニケーションの回路は立ち上がる。
 江さんは『寝ながら学べる構造主義』を読んで、この僕のスタンスを理解して、「街場の思想家」に認定してくれたのだと思います。それから後僕は「街場の」というタイトルがついた本をたぶん20冊くらい出しています。自分でつけたわけではなくて、どれも編集者がつけたものです。たぶんすごく使い勝手のよいタイトルなのだと思います。でも、「街場の」をタイトルに使った本を書いているのは、いまのところ日本では僕一人のようです。学者と生活者の間を「架橋する」という仕事が好きでたまらないという人がそれほど多くはいないということなのかも知れません。でも、実に楽しい仕事なんですけれどね。

「ツキジデスの罠」という言葉の罠

これは米中間の緊張関係を高めるために意図的に広められた言葉だろう。そもそも、アテネとスパルタのどちらが「罠」にかかったというのか。これは、言葉と実質が乖離している。単に「ふたつの国家が戦争になる可能性が高い」というだけの内容である。どこにも「罠」は無い。あるとしたら、この両国を戦わせたいという連中(あるいは両国の緊張で金儲けができる連中)が、この言葉を使うことで、「この両国がいつ戦争になってもおかしくない」という空気を作り出すことである。

ちょっとしたお笑い。
「ツキジデスさん、東京ではどこを見物したいですか」
ツ「築地です」

(以下引用)


トゥキュディデスの罠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

トゥキュディデスの罠(トゥキュディデスのわな、Thucydides Trap)とは、古代アテナイ歴史家トゥキュディデスにちなむ言葉で、従来の覇権国家と台頭する新興国家が、戦争が不可避な状態にまで衝突する現象を指す。アメリカ合衆国政治学者グレアム・アリソンが作った造語[1]

この概念は、紀元前431年にアテネとスパルタの間でペロポネソス戦争が勃発したのは、スパルタがアテネの勢力拡大を恐れていたからであるという、古代アテネの歴史家であり軍事将軍であったトゥキュディデスの示唆に由来する。

しかし、この研究はかなりの批判を浴びており、トゥキュディデスの罠の概念の価値、特に米国と中国の間の潜在的な軍事衝突に関連するものについての学者の意見は分かれたままである。

概要[編集]

紀元前5世紀のスパルタとアテナイによる構造的な緊張関係に言及したと伝えられる(英文訳:“It was the rise of Athens, and the fear that this inspired in Sparta, that made war inevitable.” 和訳:「戦争を不可避なものにした原因は、アテネの台頭と、それが引き起こしたスパルタの恐怖心にあった。」)[2]

古代ギリシャ当時、海上交易をおさえる経済大国としてアテナイが台頭し、陸上における軍事的覇権を事実上握るスパルタとの間で対立が生じ、長年にわたる戦争(ペロポネソス戦争)が勃発した。

転じて、急速に台頭する大国が既成の支配的な大国とライバル関係に発展する際、それぞれの立場を巡って摩擦が起こり、お互いに望まない直接的な抗争に及ぶ様子を表現した言葉である。現在では、国際社会のトップにいる国はその地位を守るため現状維持を望み、台頭する国はトップにいる国に潰されることを懸念し、既存の国際ルールを自分に都合が良いように変えようとするパワー・ゲームの中で、軍事的な争いに発展しがちな現象を指す[3]

影響[編集]

この用語とそれにまつわる議論は、国際メディア(中国国営メディアを含む)やアメリカや中国の政治家の間で影響力を持った。国防大学の軍事研究部門である国家戦略研究所が発表したアラン・グリーリー・ミゼンハイマーによるこの用語の事例研究では、「国際関係の辞書に入って以来、世界的な注目を集めている」と述べられている。 外交政策学者のハル・ブランズとマイケル・ベックリーは、トゥキュディデスの罠は「正典となった」と述べ、「今や米中対立を説明する際に、何度も何度も繰り返される定説」と述べている。さらに、BBCの外交特派員ジョナサン・マーカスは、トゥキュディデスの罠を拡大解釈したグラハム・アリソンの著書『Destined For War』は、「多くの政策立案者、学者、ジャーナリストの必読書となった」と評している。

米中貿易戦争[編集]

この言葉は主に、米国中華人民共和国の軍事衝突の可能性に関連して使われた造語である。中国の指導者であり中国共産党の総書記である習近平はこの言葉に言及し、「トゥキディデスの罠を避けるために、われわれ全員が協力する必要がある」と警告した。「ドナルド・トランプ米大統領が中国の対米輸出のほぼ半分に関税を課し、貿易戦争に発展した後、米中間の緊張が高まった結果、この言葉は2018年にさらに影響力を増した。

欧米の学者たちは、西側諸国が支持する台湾の事実上の独立の継続、中国のデジタル・ポリスとサイバー・スパイ活動の利用、北朝鮮に対する政策の違い、太平洋における中国の海軍存在感向上と南シナ海での主張、新疆ウイグル自治区チベット香港における人権問題など、2つの大国がトゥキディデスの罠に陥る可能性を高める、両国が対立する差し迫った問題が数多くあると指摘している。 また、習近平による権力強化、和解しがたい価値観の相違、貿易赤字を、両国がトゥキディデスの罠にはまりつつあるさらなる証拠として指摘する向きもある。

関西限定慣用句「必死のパッチ」

先ほど読んでいた大阪弁のオバチャンのブログに「必死のパッチ」という言葉が出てきて、私は前々からこの意味不明な言葉が大嫌いなので調べてみたが、由来は不明のようである。必死とパッチ(「股引」のことだと言われている)が、なぜ結びつくのか。
まあ、推理するほどの謎でもないが、今考えたのが、もともとは「必死のパンチ」だったのが、語呂の良さで「必死のパッチ」になったのではないか、という推理だ。「パッチ」と「必死」は間に促音の「っ」が入っていて、語感が似ている。


(以下引用)

必死のパッチの意味

「必死のパッチ」は主に関西で使用される関西弁で、普通に辞書等に載っている言葉ではありません。自分自身に対して使用する言葉で意味は、「きわめて必死な状態」や「とにかく必死で頑張ってる」、「死に物狂いでなにかを成し遂げる」という様な通常使う「必死の最上級」の意味として使用されます。

ただし、必死の最上級としての使い方以外にも単に関西のギャグとして使用される場合もあります。きわめて必死な状態をも笑いを忘れずギャグにするところがいかにも関西人らしいです。

パッチの意味は?

必死の最上級の言葉として、関西で使用される事がある必死のパッチ。必死のパッチの「パッチ」は「股引」の意味になります。男性がズボンの下に履く下着の事で、ステテコやモモヒキ、股引の事を関西では総称して「パッチ」と言います。

他にも、必死のパッチの「パッチ」の意味として、将棋の駒である桂馬の隠語として使われるパッチの意味や、全く意味が無い強調語としての意味、言葉遊びで語呂がいいとして使われる意味など諸説あります。

断層と活断層

「阿修羅」」某スレのコメントだが、私は「断層」と「活断層」の違いを知らない。まあ、文字から考えて、「活断層」は断層のずれが今後も起こる可能性が高い断層、と考えられる。つまり、断層が出来た後に、それが固定された「安全な断層」と区別するのではないか。
後で、ウィキペディアで調べる。

(引用1)

33. 2024年1月10日 08:02:30 : fKkQda7Cxw a01WR1RYQWZoY00=[2583]  報告
断層というのは地震の結果生ずるものと理解している。
専門家は原因と結果を取り違えているのか、考えないようにしているのか。
地震が発生しない土地など日本にはない。

(引用2)

断層と活断層の区別

 私たちが住んでいる街の地面を掘り下げていくと最後は固い岩の層にぶつかりますが、この岩の中にはたくさんの割れ目があります。通常、この割れ目はお互いしっかりかみ合っていますが、ここに「大きな力」が加えられると、割れ目が再び壊れてずれます。この壊れてずれる現象を「断層」活動といい、そのずれた衝撃が震動として地面に伝わったものが地震です。また地下深部で地震を発生させた断層を「震源断層」、地震時に断層のずれが地表まで到達して地表にずれが生じたものを「地表地震断層」と呼んでいます(図-2)。そして「断層」のうち、特に数十万年前以降に繰り返し活動し、将来も活動すると考えられる断層のことを「活断層」と呼んでいます(第四紀(260万年前以後)中に活動した証拠のある断層すべてを「活断層」と呼ぶこともあります)。  現在、日本では2千以上もの「活断層」が見つかっていますが、地下に隠れていて地表に現れていない「活断層」もたくさんあります。
 国の研究機関や大学では、この「活断層」に関する各種調査を行っていますが、国土地理院では「地表における活断層の位置と形状」を詳細に調査して、「活断層図(都市圏活断層図)」として公開してきました。
図-2地震断層と震源断層(松田(1995))

活断層の特徴

 活断層には以下の特徴があります。
(1)一定の時間をおいて、繰り返して活動する
 活断層は普段はじっとしています(断層面が固着している)が、断層面を挟む両側の岩盤には常に大きな力(ひずみ)がかかっています。そしてこのひずみが限界に来た時に岩盤が破壊され、断層に沿って両側が互いに反対方向にずれ動きます。この動きで地震が発生し、ひずみは解消されます。その後、活断層は長く動きを止め、次にひずみの限界が来るまでじっとしています。
(2)いつも同じ向きにずれる
 活断層にかかる力のもとはプレート運動で、その運動の向きや速さは長期的には変化しないので、活断層にかかる力も長期的には変わりません。このため、活断層の活動は基本的には同じ動きが繰り返されます。活断層周辺の地形は、このように繰り返された動きの累積により形成されたもので、地形を見ることで活断層の動きの特徴を把握することができます。
(3)ずれの速さは断層ごとに大きく異なる
 活断層が1回動いて生じるずれが数mであっても、それが繰り返されると、ずれの量は累積して次第に増加します。この増加していく速さ(平均変位速度)は断層ごとに大きな差があります。「平均変位速度」は、長期的に見た場合の活断層の平均的なずれ量を速度で示したもので、通常は1000年あたりのずれの量で表します。これによりその活断層の活動度が分かります。
(4)活動間隔は極めて長い
 私たちが住んでいる日本は、しばしば直下型の大地震に見舞われるため、活断層が頻繁に動く印象を与えていますが、これは日本に活断層の数が多いためで、実は1つの活断層による大地震発生間隔は1000年から数万年と非常に長いのが特徴です。一方、海溝型地震の発生間隔はこれよりずっと短く、例えば南海トラフを震源とする地震の発生間隔は100年程度で、歴史時代に巨大地震(南海地震、東南海地震)を何回も発生させてきています。 (5)長い断層ほど大地震を起こす  断層の長さが長いものほど、大きな地震を起こす可能性があります。これまでの日本の内陸直下地震の例では、M7級の地震では長さ20km程度、M8級の地震では長さ80km程度の範囲にわたって地表のずれ(地表地震断層)が現れている例があります。