女性の美意識と性意識の乖離
前に私は「男は(性欲の怪物である思春期を超えたら)美人にしか勃起しない」と書いたが、私が不思議に思うのは、世の女性が実にグロテスクな風貌の男の恋人や妻に平気でなっていることだ。もちろん、それらの男は金力や権力など何らかの「力」を持っているわけで、女性の「生きるリソース」として女性がそのような男に寄生するのはまあ、理解できる。
問題は、そうしたグロテスクな風貌、あえて言えば「ハゲ、チビ、デブ、老人」の男に抱かれて女性は平気なのだろうか、ということだ。それが平気なら、従軍慰安婦などに同情する必要も、強姦された女性に同情する必要も無い、と極論できないか。そのあたりの女性のセックス意識が私には理解できない。まあ、「気分は良くないが我慢はできる」ということなのだろうか。それとも、たとえば剛力は前澤に性的魅力も感じていたのだろうか。
これは、世界や日本の現実が、女性が生きるのに厳しい環境であり、それを改善する必要がある、という問題とはまったく別の、審美眼とセックス意識の問題として私は論じている。もちろん、審美眼は人それぞれであるし、セックス能力と美貌は無関係だ、という面もあるだろうが、美女が実に不細工な男とカップルになっているのを見ると、女性の性意識へのそういう根本的な疑問を抱かざるを得ない。
ちなみに、アニメや漫画などには、悪役を除いて美男美女しかほとんど登場しない。そういう「妄想」の世界とは別の問題として私は論じている。また、女性が男の同性愛を妄想のタネとして消費するのは、女性の「現実のセックスの貧困」と関係があるような気もする。つまり、「搾取される性」としての現実への潜在的な怒りが、「男が女として扱われる世界」への妄想に結実しているのではないか。
問題は、そうしたグロテスクな風貌、あえて言えば「ハゲ、チビ、デブ、老人」の男に抱かれて女性は平気なのだろうか、ということだ。それが平気なら、従軍慰安婦などに同情する必要も、強姦された女性に同情する必要も無い、と極論できないか。そのあたりの女性のセックス意識が私には理解できない。まあ、「気分は良くないが我慢はできる」ということなのだろうか。それとも、たとえば剛力は前澤に性的魅力も感じていたのだろうか。
これは、世界や日本の現実が、女性が生きるのに厳しい環境であり、それを改善する必要がある、という問題とはまったく別の、審美眼とセックス意識の問題として私は論じている。もちろん、審美眼は人それぞれであるし、セックス能力と美貌は無関係だ、という面もあるだろうが、美女が実に不細工な男とカップルになっているのを見ると、女性の性意識へのそういう根本的な疑問を抱かざるを得ない。
ちなみに、アニメや漫画などには、悪役を除いて美男美女しかほとんど登場しない。そういう「妄想」の世界とは別の問題として私は論じている。また、女性が男の同性愛を妄想のタネとして消費するのは、女性の「現実のセックスの貧困」と関係があるような気もする。つまり、「搾取される性」としての現実への潜在的な怒りが、「男が女として扱われる世界」への妄想に結実しているのではないか。
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