「価値観」の考察という意味で面白い事件だが、価値観というのは「主観による価値観」と「社会的に共有され定着した価値観」のふたつがある。
後者を破壊して新しい価値観を提出する、というのも芸術創造においては繰り返されてきたことだ。そして破壊されたものが本当に無価値だったのかは判断しにくい。
だが、概して絵画(美術)においては、社会的評価が定まった作品の価値を否定することはまず無い。というのは、それはすでに芸術である以上に「商品」であり、一部の人々の「財産」だから、その価値の否定は、それで商売する人々の仕事に差し障るからである。
今回の東大での「事件」は、学生(生協)の無知による「価値の否定」だが、そこから起こってくる問題というのも幾つかありそうだ。
たとえば、
1:学生食堂に絵画を飾る意味があるか。あるとしたら、どのような絵が、あるいはどの程度の価格の絵が適切か。
2:この食堂に飾られた絵(画家)はどういう経緯で選定されたのか。支払い価格は誰が決定したのか。また、それが高額なら、その決定には学生(つまり、授業料納入者であり、政府に対する国民と同じ、「納税者」)の意志は反映されたか。
3:この画家の絵は客観的な価値があると判断できるか。また、誰がその判定者の資格があるか。
4:この画家が武蔵野美術大や京都芸大の教授であることは、その絵の価値を正当化するか。一般に芸術の価値と学歴や社会的地位の高さは関連するか。
5:食堂に飾られ年月を経ることによる絵の劣化を作者は許容してこの絵を描き提供したのか。とすれば、最後には廃棄されても当然と考えているのか否か。
などが今思い付くところだ。
東大、絵の価値知らず? 食堂飾った著名画家の大作廃棄
© 朝日新聞 東京大学の食堂に飾られていた宇佐美圭司さんの作品(大学関係者提供)
東京都文京区にある東京大学安田講堂前の地下食堂に飾られていた著名画家の大作が、3月末の施設改修に伴い、廃棄されていたことが、大学などへの取材でわかった。2012年に亡くなった宇佐美圭司さんによる4メートル角の作品だった。宇佐美さんの作品には数百万円の値を付けるものもあり、専門家は「絵の価値を知らなかったのではないか」と指摘している。
宇佐美さんは武蔵野美術大教授、京都市立芸術大教授などを歴任し、芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞。さまざまなポーズの人型を円環状に繰り返し描く知的な画風で知られ、1972年の「ベネチア・ビエンナーレ」では日本代表を務めるなど内外で活躍した。廃棄された絵は、77年に大学側から依頼され制作したものだった。
食堂を管理している大学生協はホームページで、絵の行方を尋ねる質問に対し、「新中央食堂へ飾ることができず、また別の施設に移設するということもできないことから、今回、処分させていただくことといたしました」と回答。「吸音の壁」になることや、「意匠の面」で絵が飾れないことを処分の理由に挙げている。