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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

Kilroy was here

まあ、下手な洒落だが、実は" Kill Roy!"が語源だったというのはどうか。


キルロイ参上

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ワシントンD.C.第二次世界大戦記念碑に見られるキルロイ参上の落書き

キルロイ参上(キルロイさんじょう、Kilroy was here、キルロイ・ワズ・ヒア)は、アメリカ大衆文化などで見られるのひとつ。の向こうから長い鼻を垂らして覗く姿を伴った落書きとして描かれることが多い。その起源は諸説あるが、少なくとも第二次世界大戦の頃にはアメリカの各所で見られた。

概要[編集]

このフレーズはアメリカ軍軍人が配備先や野営地などの壁または適当なところに書いた落書きが広まったとも言われ、 英語ことわざ辞典『Brewer's Dictionary of Phrase and Fable』 は、少なくともイギリスではアメリカの空輸軍団員が用いたと推測している。作家のチャールズ・パナティは「このいたずら感にあふれたツラとフレーズは国民的ジョークになった」と語り、続けて「これのとんでもないところは台詞にあるのではなく、予想外なところにまで現れる奇抜さにある」と述べている。

同じ構図のいたずら書きには、イギリスでは壁の向こうから覗きながら文句を垂れる「チャド」(Chad)と呼ばれるものもある。戦前のオーストラリアでは児童を中心に「キルロイ」の代わりに「フー」 (Foo) が登場したものが流行った。また チリにも同じようなものがあるが、こちらはカエルのような飛び出た眼から「サポ」(sapo、ヒキガエルの意)と呼ばれる。この他にも、カナダでは「クレム」、カリフォルニア限定で「オーバービー」なども見られた。最も流行した「キルロイ」を含めこれらは第二次世界大戦の記憶が薄れた1950年代には廃れたが、フレーズおよび落書きは古典的ミームとして、しばしば用いられることがある。

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