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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

ドア(用板)を机にすること

私は世界的大富豪というのをすべてDSグループの一員だと思っているので、こうした大富豪(大企業経営者)礼賛記事は眉に唾をつけて読むのだが、ここに書かれたことの一部は確かにライフハック(生活の知恵)にもなるだろうから転載する。特に印象的なのは、ドア用の板をデスクにするということで、これは庶民でも(小さなアパート住まいだと無理だが)即座に真似できるし、有益だと思う。
つまり、クリエイティヴな仕事の人間にとってデスクというのは、いろいろな資料が同時に載せられるというのが最大のポイントだと私は思うからだ。
今はパソコンで調べられると言っても、目の前にすべてが同時に開示されたデスクには及ばない。
そして、この「デスク」は「袖無しデスク」つまり、収納場所が無い、というのも、意味がある。収納された資料や道具は「探すのに時間を要する」のであり、また中には引き出しに埋もれたままの資料も発生するわけだ。

目の前のデスクに利用できるすべてが開示された状態、というのはクリエーターの理想ではないか。

(以下引用)


Image: lev radin(Shutterstock)© ライフハッカー・ジャパン 提供

2004年夏のこと。当時Amazonの最高経営責任者(CEO)を務めていたジェフ・ベゾス氏は、ある決断を下して、自身の配下にある同社の幹部たちを驚かせました。それは、プレゼンテーションツール「PowerPoint」の使用を禁止するという決断です。

これにより、Amazon経営チームのメンバーは、自身のアイデアを売り込む際に、メモや、ストーリーのあるセールストークなどの手段を使わなければならなくなりました。

ベゾス氏によれば、「明快な文章とは、その裏にある明確な思考の反映であり、より良い意思決定につながる」とのことです。

けれどもこれは、ベゾス氏の数ある戦術のうちの1つにすぎません。

以下では、同氏が提唱してきた4つのアプローチを詳しく見ていきましょう。

1. 難しい事柄こそ、簡単な単語でわかりやすく説明する

ベゾス氏は1997年から2021年までの毎年、Amazonの株主に宛てて書簡を書いていました。この25年間に送られた書簡の全文、総計5万ワードにわたるテキストを、私は「読みやすさ」を測定するソフトウェアにかけて分析しました。

すると驚くべきことに、Amazonが大きく成長し、複雑な組織になるにつれて、ベゾス氏の書簡は読みやすく、わかりやすくなっていたのです。

ベゾス氏の書簡のうち75%は、読みやすさで高いスコアを記録していました。これは、中学2年から中学3年(13~15歳)までの教育を受けた人のほとんどが容易に理解できる内容だったということです。

たとえば、Amazonが電子書籍リーダー「Kindle」を発売した2007年に、ベゾス氏は書簡の中で、その主な機能をこのように説明しています。

意味がわからない単語を目にした時は、簡単に調べることができます。本の内容を検索できます。本に書き込んだメモや、ハイライトを引いた場所は、サーバー側の『クラウド』に保存されるので、消えてしまうことはありません。

Kindleは、読んでいるそれぞれの本について、今開いている場所を自動的に覚えてくれます。

目が疲れた時は、フォントサイズを変えることもできます(中略)。私たちはKindleに関して、これまでに活字になったあらゆる言語のすべての本を、60秒以内に手に入れられるようにするというビジョンを掲げています。

Kindleに関するこの説明で使われている英単語のうち92%は、1つないし2つの音節からなるものでした。このように、複雑な理屈をシンプルに表現すれば、内容のレベルを下げることなく、知恵によって競争に勝つことができるのです。

2. ミッションをスローガンとして繰り返し唱える

Amazon株主に宛てた最初の書簡で、ベゾス氏は「顧客(customer)」という単語を実に25回も使っていました。これは、Amazonの成功の秘訣となった、顧客配慮への飽くなきこだわりを示唆しています。

この書簡の中でベゾス氏は、Amazonは「世界で最も、顧客中心の企業(The world's most customer-centric company)」だと宣言しています。

それから約四半世紀の間に、ベゾス氏は、Amazonのミッションを率先して伝えるエバンジェリスト(伝道師)となり、この言葉はAmazon社員が今でも唱えるスローガンになっています。

DNAが生物の青写真であるのと同様に、企業のミッションは、スタートアップ段階から、成功した大企業へと成長する際の青写真となります。共有されたミッションには、社員全員の目的意識を統一する効果があるのです。

しかしミッションは、企業が大きくなるとともに、自動的に定着し拡大していくわけではありません。社員全員が大きなビジョンからブないようにするためには、ミッションをしつこいほどに連呼する旗振り役が必要です。

3. シンボルを使って、大きな概念を伝える

ベゾス氏は、一見些細な物事に象徴的な意味を持たせることを得意としてきました。

創業から間もない時期のAmazonを訪れた人たちは、ベゾス氏を含む従業員が、ホームセンターの「ホームデポ(Home Depot)」で売っているドア用木材を転用したデスクを使っていることに驚いたものです。

こうした訪問者の1人に、Netflixの共同創業者で初代CEOだったマーク・ランドルフ氏がいました。ランドルフ氏は、ドアを転用したデスクをちらりと見て微笑み、ベゾス氏にこう問いかけたそうです。

「ところでジェフ、これらのドアには一体どんな意味があるんですか?」

「これは意図的なメッセージです」とベゾス氏は説明しました。

社員全員がこれを使っています。我々は、顧客と関係のあるものにカネを使い、そうでないものには使わないということを伝える手段です。

ベゾス氏は、「シンボルは、非常に強いメッセージを伝えることができる」と述べています。

「不可能と思われていることが可能だ」と納得してもらうには、手持ちのコミュニケーションツールをフル活用する必要があります。ですから、使えそうなシンボルは、すべてテーブルに載せておきましょう。

4. 複雑なトピックを単純化するのにメタファーを活用する

ベゾス氏は、Amazonという社名を、世界最大の川にちなんで名付けました。これは意図的なもので、考え抜かれたメタファーです。

というのもアマゾン川は、ほかの川より多少大きいというレベルではなく、その流量は2位から7位のすべての川の合計を上回っています。ベゾス氏によれば、「ほかを大きく引き離している」川なのです。

メタファー(2つの無関係なものを比較し、結びつける表現方法)を、ベゾス氏ほど巧みに使いこなすビジネスリーダーは、ほとんどいません。

同氏は、Amazonの成長エネルギーとなるビジネスモデル「フライホイール(弾み車)効果」を編みだし、同社を巨大企業へと成長させる種をまきました。

さらに、ツー・ピザ・チーム(5~10人で構成される、2枚のピザで足りるくらいの小規模なチーム)という概念をつくり出し、「カネではなくミッションによって動く人材」を雇いました。しかも、いま挙げたメタファーは、氷山の一角にすぎません。

メタファーは、私たちの会話の中に浸透します。人は、新しいアイデアを耳にすると、脳にスイッチが入ります。

オンライン書店としてスタートしたAmazonは、今では全世界で3億5000万点の商品を販売する巨大なインターネット小売サイトに成長しました。

けれども、ベゾス氏が「世界最高のセールスマン」であるのは、Amazonが、あらゆる人に、あらゆるものを売っているからではありません。

同氏が世界最高のセールスマンであるのは、商品ではなく夢を売っているからです。それこそが、すべての違いを生み出しているポイントなのです。

この記事は、カーマイン・ガロ氏が著した『The Bezos Blueprint Communication Secrets of the World's Greatest Salesman(原題)』(ベゾスの青写真:世界最高のセールスマンが明かすコミュニケーションの秘訣)からの抜粋です。

St. Martin's Publishing Group.の許可を得て、ここに転載します。

──2023年1月16日の記事を再編集のうえ、再掲しています。

訳: 長谷睦(ガリレオ)

Originally published by Inc. [原文]

Copyright © 2022 Mansueto Ventures LLC.

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利己主義は利他主義と融合できる(モラルとしての社会主義)1

(引用1)は、私自身の別ブログに書いた記事の一部で、ここから「神や仏を前提としない道徳」を考察していくつもりだが、その道徳の具体的内容は、この「独楽帳」に既に書いた江戸時代の町人道徳とほぼ同じなので、ここではその道徳の基本部分、土台となる思想について書く。で、それは、昨日再読したマーク・トゥエインの「人間とは何か」に、私が漠然と予定していた考えがあったので、それを(引用2)としておく。(私の基本思想は「利己主義と利他主義は融合可能であり、それでこそ社会は向上する」である。)
先に言っておけば、「引用1」では私は「偽善」を否定的ニュアンスで使っているが、これは世間一般のニュアンスそのままで使っている。で、私がこれから書こうとしている道徳・モラルではこの「偽善」が、肯定的意味でその中心になると予測している。
つまり、我々は「自分の心からではない善行」を不快に思い、それを「偽善」とするのだが、実は善行はほとんど常に実行に抵抗感(自分が何かに「譲歩」しているという不快感)があるのである。(失策をした下女を許すという道徳的善より、怒鳴りつけるという快感をほとんど無意識に選ぶ行為が、「引用2」の「癇癪」である。)その抵抗感から来る不快感が、「偽善」という言葉になっているわけだ。ここには「善行は心の底からの善意で行われ、気持ちいいものであるべきだ」という誤解が存在するのである。
だが、実は善行と偽善行為には実体的な価値の差はない。行われたこと自体はどちらも善なのである。「偽善」について世間が問題としていることは単に「それが心のままの行為ではない」ということにあるのであり、それ(その思想の誤り)を確か荀子は明確に「偽とは『人為』である」と説明し、「人為的善行(偽善)を否定する思想」を否定していたと思う。
道徳とは、たとえば「怒りを抑える」のように「不自然で(人為的で)」「努力を要する」のであり、若者や子供はそれを毛嫌いするのが常なのだ。「なぜ、人を殺してはいけないのですか」という、或る青年の質問は、そうした「道徳の不自然さへの軽蔑と反感」があったはずだ。

(引用1)

「我が身可愛さ」がなぜ悪とされるのか

「混沌堂主人雑記」の最新の記事のタイトルが、私には非常に示唆的なもので、「自己防衛本能が人間およびすべての動物の根源的本能だ」という私の思想に完全に対立する言葉で、そこから私が長い間考えている究極的な道徳、モラルの大きな柱になる思想に発展しそうなので、メモ的にそのタイトルを引用しておく。
そのモラルは「自己防衛が人間の本能である以上、もっとも崇高な行為は自己犠牲であり、もっとも醜悪な行為は他者に自己犠牲を要求することだ」という言葉にすることができるだろう。そして、多くの他者批判は、自分は安全な場所にいながら他者に自己犠牲を要求するものではないか?
さらに言えば、「利己主義自体は人間の本能であり、批判されるべきものではなく、それが他者を犠牲にする場合に批判される」と言ってもいい。あらゆる行為は自分の利益を求めてのものだと言うこともできるだろう。それを悪だとすること自体が、まさに「偽善」であり、問題は、自己の利益と他者の利益をどちらも達成する道を探すことではないか。なぜ、利己主義と利他主義を機械的に対立させる必要があるのか。利他行為は自分の利益でもある、というのが善行(特に公徳)を推進する意義ではないのか。
少し酒が入っているので、下の言葉への考察は先送りしておく。それは次のような言葉(注:「昭和天皇は我が身可愛さに国を売った」という趣旨)だ。先に言っておくと、「我が身可愛さに国を売る」ことを私はまったく批判できない。そうしないと殺すと脅迫されれば誰でもそうするはずだからだ。それを批判する人間は、「自分(家族含む)は殺されても国民全体の幸福のために自分を犠牲にする」と断言できるか?

(引用2)中野好夫訳「人間とは何か」より

青年「それじゃ、またお伺いしますが、すると、人間、すべからく善行を積むべし、ってことを教育する、その意味はどこにあるんです? どんな益があるんです?」
老人「なに、それはまず当人自身が、それによって大変な利益をえる。これがまず第一だなーーー当人自身にとってだよ。次には、そうなれば、もう隣人たちにとって危険人物だなんてことはなくなる。誰にも危害を及ぼすことはないーーーだから、こんどはその隣人たちが、彼の徳行によって利益を受けることになる。彼等にとっちゃ、これがまた大変なことだ。そうなれば、この人生ってもんが、関係者すべてにとって、まずまず結構ってことになるわけだからな。ところが、それに反して、この教育を怠ってみろ、どうなる? この人生って奴が、関係者すべてにとって、のべつ幕なしの危険、災厄ってことにも十分なりうるわけだからな。」

(中略) 

老人「つまり、人間すべての行動について、その内なる主人って奴はだな、つねに決って君自身まず利益を受けるってことを期待してるんだ。でなきゃ、一切行動なんてものはありえない。」
青年「なるほど、じゃ、かりに僕は懸命になって、その利益をえることだけを考えたとしますよ。ところが、その同じ僕が癇癪などを起こして、それをフイにしちまったってのは、いったいどういうわけなんです?」
老人「なに、そりゃもう一つ別の利益をえたいと思っただけの話だよ。その気持が突然に出て、価値の上で先のものを凌いだってだけの話だな。」



(引用ここまで。以下考察。)

「引用2」での「内なる主人」は、フロイト的な「潜在意識」あるいは「イド」を思わせる。我我を無意識裡に操作(支配)している深層心理である。






「300万円で社長になる」?

まあ、話自体が、「こういう方向に進んでいる」というだけのことで、この話を鵜呑みにして即断するのは馬鹿かもしれないが、将来、法的部分で話が確定した場合には「格安で企業を買い取って社長になる」というのもひとつの人生展望かもしれない。

(以下引用)

サラリーマンが後継者を見つけられない中小企業を買い取って経営する――。夢物語のように聞こえるかもしれないが、国がそれを後押ししているのをご存じだろうか。日本の99.7%を占める中小企業がバタバタと潰れてしまえば、日本の産業そのものが崩壊するからである。そのために少しでもサラリーマンが会社を買いやすいように様々な制度が整いつつある。

刊行から1ヵ月で3刷となった『いますぐサラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』(講談社+α新書)の著者で日本創生投資社長の三戸政和氏が、いかに会社が買いやすくなったかを語る。

『いますぐサラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』(講談社+α新書)© 現代ビジネス

前編記事【「中小企業」の後継者不足で日本産業が崩壊する…「サラリーマンが会社を買うなんて夢物語」、そう考えている人が知らない話】より続きます。

「会社の連帯保証人になる」と思っていませんか

なぜサラリーマンが会社を買うなら「いま」なのか。企業買収のための条件が整ったということを示す話をしましょう。

最大の理由の一つは、経営者保証が明確に外せるようになったことです。

経営者保証とは、中小企業が金融機関から融資を受ける際に、経営者個人が会社の連帯保証人になることを言います。会社の返済が滞ったり、倒産してしまったりした場合に、経営者が個人の土地や家などを処分して返済に充てなくてはならないというものです。この経営者保証はいま、つけなくてよいものになっています。

photo by gettyimages© 現代ビジネス

そもそも中小企業の借り入れは、株主であるオーナー社長の私的な資金利用があっても見分けがつきにくい性質があります。そのため、銀行としては貸し付けたお金が社長に個人的に流用されることを懸念し、会社だけでなく、オーナー社長個人にも保証を要求してきました。

しかし、私的な資金利用がないのであれば、個人が連帯保証をする理由はなくなります。

実際、オーナー企業を除く大企業では経営陣が雇われている立場で、株主と切り離されており、企業として借り入れた資金を経営陣が私的に流用することは難しいので、個人保証をすることはありません。

借金することは「悪」ではない

ちなみに、会社経営をしたことがない人のなかには、借り入れをあまりよくないことだと思う人も多くいますが、企業が設備投資や原材料を買うために借り入れをするのは、いたって正常な経済活動です。企業は手持ちの資金だけでやりくりして事業をしていても、なかなか会社を大きくすることはできず、新たな雇用を生むこともできないので、社会的に見てプラスになりません。無借金経営が美徳などとは私は思いません。

  

経営者保証は日本経済にとっても大きなマイナスです。企業は借り入れ金を使って投資をしなければなかなか大きくならないし、事業から出る利益だけを投資に回して大きくなっていくには長い時間がかかります。投資のための積極的な借り入れは、むしろ社会にとっては善なのです。

日本に存在する会社のうち、99%以上が中小企業です。そして、中小企業の多くが後継者問題に悩まされてきました。後継者問題のもっとも大きな原因の一つは、経営者保証だと断言します。子どもや従業員が会社を継ぎたがらない理由は、経営者保証を引き継ぎたくない、引き継がせたくなかったからです。

私の投資ファンドがお手伝いしたケースでも、社長である父親が過剰な債務を抱えていて、息子がその債務に個人保証をするなら引き継がないと言っていた最中に、父親が亡くなってしまった会社がありました。1億円くらいの黒字なのにこれでは廃業するしかありません。そこで我々がスキームを作り、債権を適正サイズにすることで息子が事業承継を了承したのですが、このような会社は日本にたくさんあります。

個人で借金を背負う必要なし

もちろん、読者の皆さんも会社を買う際に、経営者保証を引き継ぎたくはないでしょう。

しかし、経営者保証は廃止される方向に進み、2022年12月には、金融庁が経済産業省・財務省と連携し、「経営者保証改革プログラム」というものを策定しました。

これによると、経営者保証を完全に禁止したわけではないのですが、金融機関が経営者保証を求める場合には、かなり厳しい条件が課されることになりました。 

金融機関から経営者保証を要求された場合には、その明確な理由を求めることができ、その理由が正当だと思えない場合には、金融庁に2023年4月に新設された経営者保証専用相談窓口に相談することができるようになったのです。

これはすなわち、前社長が経営者保証をしてお金を借り入れていた状態で会社を買収する場合には、その経営者保証を外すことができるということです。

photo by gettyimages© 現代ビジネス

金融機関が理由を付けて、どうしても経営者保証を外すことができない場合は、よほど財務状態がよくない会社である可能性が高いので、その会社を買うのをやめればいいだけです。

これからのスモールM&Aにおいて経営者保証は不要。それが基本です。サラリーマンが会社経営に乗り出したら借金まみれになるというのは、経営者保証をそのまま引き継ぐことを前提とした古い考えで、万一経営に失敗したとしても、自分が出したお金以上に損をすることはないと言えます。

スマホの過充電のデメリット



明日のため寝る前にスマホを充電する人は多い

スマホの『過充電』は危険?寝る前に充電器に接続してはいけない理由© シュフーズ

1日使ったスマホは、夜になるとバッテリーが大きく消耗し、残量が減っています。特に使用が多かった日は、寝る時にベッドサイドでスマホを充電する人が多いですが、この充電しっぱなしの状態がバッテリーに負担をかけ、劣化を加速させます。

一般的にスマホのバッテリーは使用開始から1年程度で劣化が始まり、2年を超えると1日持たないことが多いですが、過充電によってその劣化がさらに早まることがあります。

劣化が進むと、バッテリーの交換やスマホの買い替えが必要になり、どちらもコストがかかるため、バッテリーをできるだけ長持ちさせたいと考える人は多いでしょう。

寝る前にスマホを充電器に接続してはいけない理由

スマホの『過充電』は危険?寝る前に充電器に接続してはいけない理由© シュフーズ

さまざまなメディアが、寝る前に携帯電話を充電器に接続すべきではないと警告しています。この行為がなぜ避けるべきか、その理由を見ていきましょう。

充電完了後に『過充電状態』になるリスク

スマホのバッテリーが減少し、再充電が必要になるのは普通のことですが、100%充電された後も充電器に接続され続けると過充電の状態になりえます。

多くのスマホには過充電防止機能が備わっていますが、長時間の充電は避けた方が良いでしょう。この機能は限られた条件下でのみ効果があり、熱によるバッテリーの劣化を完全に防ぐことはできません。

バッテリーを完全に使い切ってからの充電もNG

過充電だけでなく、バッテリーを過度に使い切ってから、100%まで急速充電する行為も、バッテリーには大きな負荷を与えます。

0~10%まで使い切ったバッテリーを80%以上に回復させるためには、多くの電力をバッテリーに供給しなければいけません。すると、バッテリーは過剰に稼働することになり、発熱してバッテリーの劣化を早めてしまいます。

寝る前の1時間充電、または起床後の充電がベスト

不必要に長時間スマホを充電してしまうと、過充電になりバッテリーへの負荷が増加します。そのため、80%程度まで充電することを目安にし、過充電を防ぐことが重要です。

多くの現代のスマホには過充電を防止する機能が搭載されていますが、それに依存せず、過度な長時間充電は避けるべきです。具体的には、寝る前に1時間程度充電したり、起床後に充電を完了させることをお勧めします。

スマホのバッテリーを長持ちさせるための重要なポイント

スマホの『過充電』は危険?寝る前に充電器に接続してはいけない理由© シュフーズ

スマホのバッテリーを長持ちさせるには、負荷を最小限に抑えることが不可欠です。以下の3つのポイントを意識して充電を行うことで、バッテリーへの負荷を軽減し、寿命を延ばすことができます。

・バッテリー残量を60〜75%の範囲に保つ

・スマホのバッテリーが0%にならないように注意する

・バッテリーが完全に充電されたら直ちに充電を停止する

特に、寝る1時間前に充電を始め、充電が完了する前に停止する、または必要な分だけ翌朝充電する方法が効果的です。また、バッテリーを完全に使い切るのではなく、一定の残量を保ちながら充電することが望ましいです。

スマホのバッテリーは充電しすぎず、適度な残量を保ちましょう

スマホの『過充電』は危険?寝る前に充電器に接続してはいけない理由© シュフーズ

いかがでしたでしょうか。スマホのバッテリーは、過度の負荷がかかるとその寿命を短くしてしまいます。そのため、スマホを過充電にしないためにも、寝る1時間前のや起床時に充電することをお勧めします。適切なバッテリー残量を意識して充電を行いましょう。また、過充電防止機能が搭載されているスマホでも、長時間の充電は避けることが肝心です。

「電離」と「プラズマ」

書かれていることの100分の1も、私には「理解」はできないが、私レベルの者でも、読めばいちおう「何となく」イメージは分かる気がする。

大胆に言えば、以下の、あるいは一般的な「プラズマ」の説明が難解なのは、要は、「電離」とは実は「電化」のことであり、原子や分子などが帯電することだ、という、言葉の問題だ。電離と帯電では正反対にしか思えないわけで、これは「専門語」の持つ欠陥だろう。(意図的に難解にしている可能性もある。)

そして電離した、つまり帯電した物体をイオンというらしい。要するに「プラズマ」とは「電離(電化・帯電)した状態」のことだ、という認識でいいのではないか。そのように単純化したらイメージだけはつかめると思うが、学問の言葉はいちいち正確性を要求するので説明も難解になる。(物自体と、その物の「状態」は別だが、その混乱も世間には多いのではないか。だから、幽霊話のようになる。)

「火もプラズマの一種である」と知るだけでも、「プラズマ」という存在が「完全な外国人」から「隣人」程度にはなるのではないか。

「宇宙空間においては全宇宙の質量の99%以上がプラズマであり、プラズマは最もありふれた物質の状態である。」


(以下引用)

自然界における例[編集]

地球[編集]

地球上では、電離層などが代表的であり、地球電磁気学超高層大気物理学によって研究される。

マーチソン広視野電波干渉計を用いた観測によって、高度約600kmの電離層上部からその上のプラズマ圏に向かって地磁気に沿って伸びるチューブ状のプラズマ構造物の存在が確認されている。

我々の生活に必要不可欠なもプラズマの一種である。

燃料酸化によって高温となり、燃料の一部が電離してプラズマ状態になっている。ろうそくの炎が高電圧をかけた電極に引き寄せられるといった簡単な実験を通して、プラズマの存在を身近なものとして理解できる。炎の中に金属化合物などを入れると、炎色反応により元素特有のスペクトルを放射する。ただし、有機物を燃焼させた際の炎の色は原子スペクトルではなく、主に炭素の黒体放射に由来する。
帯電したと大地の間で生じる火花放電である。火花放電では、高電圧により加速された電子によって大気電離しプラズマ状態となる。また、イオンが大地に衝突したときに2次電子がプラズマ内に供給される。
電離層
太陽からの紫外線により、地上から100km付近の大気電離しプラズマ状態となったものである。電離層は中性大気とプラズマが混在する弱電離プラズマである。電子密度分布は、紫外線による電子生成率と、電子イオンの再結合などの電子減少率との釣り合いから求まる[9]
オーロラ
オーロラ太陽風から供給された電子線地磁気に沿って降下し、電子線によって励起された大気中の酸素窒素が発光する現象である。

その他の地球におけるプラズマに、中間圏発光現象セントエルモの火球電、地震などがある。

宇宙[編集]

宇宙空間においては全宇宙の質量の99%以上がプラズマであり、プラズマは最もありふれた物質の状態である。地球太陽の近傍の宇宙の物理現象を扱う太陽地球系物理学、宇宙スケールの現象をプラズマと関連付けて探究するプラズマ宇宙論、天体における物理現象を扱う天体物理学などの研究領域がある。

太陽
太陽はプラズマ状態である。2006年9月に打ち上げられた太陽観測衛星「ひので」によって、太陽を取り巻くプラズマ化した大気の中で起こっている活発な現象を、より詳細に観測・研究できるようになった。