遊びと仕事を同次元で語る仕事論の欺瞞
某漫画家によるこのリツィートは、当該ツィートの「インチキ論理」を見事に指摘している。頭脳が不明晰な人間はこのような論理に簡単に騙されるのだろう。塾や予備校の経営者が講師(労働者)に言い出しそうな論理である。
基本的に物事は義務化され責任を課されると遊びでも「仕事」化して面白くなくなるものだ。逆に仕事もそれに熱中するとその作業自体が面白くなることもある。しかし、その仕事に向かない性格の人間が「この仕事は面白い面白い」と自分に念力をかけても、そうそう自分を騙せるものではない。つまり、その仕事を選んだ時点で失敗である。そういう人は膨大にいるだろう。
あるいは、「本当に面白い仕事」というのがそれほどあるものかどうか。給料とはその「面白くない仕事」に耐える苦痛への慰謝料であって、仕事が楽しいなら労働者が経営者にカネを支払ってもいいくらいではないか。多くの「仕事を楽しめ」論者は無理な注文をしている。
(以下引用)
基本的に物事は義務化され責任を課されると遊びでも「仕事」化して面白くなくなるものだ。逆に仕事もそれに熱中するとその作業自体が面白くなることもある。しかし、その仕事に向かない性格の人間が「この仕事は面白い面白い」と自分に念力をかけても、そうそう自分を騙せるものではない。つまり、その仕事を選んだ時点で失敗である。そういう人は膨大にいるだろう。
あるいは、「本当に面白い仕事」というのがそれほどあるものかどうか。給料とはその「面白くない仕事」に耐える苦痛への慰謝料であって、仕事が楽しいなら労働者が経営者にカネを支払ってもいいくらいではないか。多くの「仕事を楽しめ」論者は無理な注文をしている。
(以下引用)
うん、でも三度の飯より漫画が好きでそれを仕事にして何十年も生きてきた私も、高度な集中力を保って産み出す物の品質を維持できる時間は限られるから、少しやったら休憩することにしてる。失敗しても誰も傷つかない遊びと責任ある仕事は違うから。何をするかで話は違う。
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