遠くを見ること
一読すると頭に「?」が浮かぶことわざだが、恐らく「遠くを見る」というのが比喩になっているのだろう。
当たり前なら、しゃがんだ大人より、木の上の子供のほうが遠くを見ることができるはずである。つまり、「遠くを見る」というのが、「先々まで考える」という比喩なのではないか。
このことわざとは逆に、『荀子』では、「山に上れば、自分の背が高くなったわけでもないのに遠くまで見ることができる。これが『物に仮(借)る』、つまり、他者の力を利用することである」という趣旨の言葉があり、この考えで行けば、「遠くを見るのに木に登る子供は、わざわざしゃがみこんだ大人より賢い」という理屈になりそうである。
当たり前なら、しゃがんだ大人より、木の上の子供のほうが遠くを見ることができるはずである。つまり、「遠くを見る」というのが、「先々まで考える」という比喩なのではないか。
このことわざとは逆に、『荀子』では、「山に上れば、自分の背が高くなったわけでもないのに遠くまで見ることができる。これが『物に仮(借)る』、つまり、他者の力を利用することである」という趣旨の言葉があり、この考えで行けば、「遠くを見るのに木に登る子供は、わざわざしゃがみこんだ大人より賢い」という理屈になりそうである。
山本貴嗣さんがリツイート
PR