画家ははたして女体を性的な目で見ないのか
「ギャラリー酔いどれ」所載の絵だが、こういうのも児童ポルノの単純所持になるのだろうかwww
この絵で思い出すのが「エスパー魔美」の親父である。あの親父は自分の娘のヌードをずっと連作で描き続けているのだが、現在の児童ポルノの法律からすれば、それ自体犯罪ではないのか、と思う。そして、画家という連中の頭はどうなっているのかな、と思う。
まあ、相手が自分の娘なら性的関心はほとんど無い、と信じたいが、それでも、なぜ娘のほうなのか、と思う。なぜ女房ではなく、娘をヌードモデルにするのか。美的観点だけから見ても、少女(娘)の体の方が中年女房の体より美しい、というのであれば、それこそ児童ポルノに反対するフェミニスト女史たちが怒りそうな気がする。
なお、西洋の画家は(どこの画家もそうかもしれないが)まずヌードモデルと一発やって「邪念」を取り払ってからそのモデルの絵を描くというから、画家は女体を性的な目で見ないわけではないらしいwww
バルテュス、二枚目、

「E Lever (Getting Up) 1975-1978」です。
この絵で思い出すのが「エスパー魔美」の親父である。あの親父は自分の娘のヌードをずっと連作で描き続けているのだが、現在の児童ポルノの法律からすれば、それ自体犯罪ではないのか、と思う。そして、画家という連中の頭はどうなっているのかな、と思う。
まあ、相手が自分の娘なら性的関心はほとんど無い、と信じたいが、それでも、なぜ娘のほうなのか、と思う。なぜ女房ではなく、娘をヌードモデルにするのか。美的観点だけから見ても、少女(娘)の体の方が中年女房の体より美しい、というのであれば、それこそ児童ポルノに反対するフェミニスト女史たちが怒りそうな気がする。
なお、西洋の画家は(どこの画家もそうかもしれないが)まずヌードモデルと一発やって「邪念」を取り払ってからそのモデルの絵を描くというから、画家は女体を性的な目で見ないわけではないらしいwww
バルテュス、二枚目、

「E Lever (Getting Up) 1975-1978」です。
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