健康診断でコレステロール値や血糖値といった数値を特に気にする人も多いだろう。基準値に沿って正常かを判定されるわけだが、「基準値から少し外れていても、気にする必要はない」と医学データ解析に詳しい東海大学名誉教授の大櫛陽一氏が指摘する。
「そもそも健診の基準値は、多くの検査を重ねていくと異常と判定される確率が上がるというカラクリがあります」(大櫛氏。以下同)
健診の基準値は、健康な人のデータの中央値から95%の範囲を正常として上位2.5%と下位2.5%の合計5%を異常としている。そのため、検査の項目が増えたり、回数を重ねると正常値から外れるものが出る確率がどんどん上がっていくのだと大櫛氏は指摘する。
にもかかわらず基準値には保健指導が必要となる「保健指導判定値」、治療が必要となる「受診勧奨判定値」が定められている。
「つまり、健診で病人が増えているのです。欧米では健診と寿命の延びや医療費削減は相関しないとされ、日本のような健診を行なう国はありません。もちろん、毎年の受診で数値の変化を見ることは一定の意味がある。ただし、正しく活用するには検査項目ごとに基準値とは異なる『適正な数値』を知ることが重要です」
過剰な治療につながる
肥満度を表わすBMIは、〈体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)〉で算出される。日本肥満学会の判定基準では基準値が18.5~24.9となり、25以上で肥満となる。肥満度が高くなればなるほど糖尿病や高血圧、心疾患など生活習慣病になりやすいとされる。ただし、「日本の基準値は厳しすぎる」と大櫛氏が指摘する。
「WHO(世界保健機関)の基準ではBMI30以上で肥満となり死亡率が上がってくる。それは日本も変わらない。私が日本全国約70万人の健診データを解析したところ、60代男性ではBMI25を少し超えたあたりが最も死亡率が低かった。『小太りぐらいが一番長生きする』のです。反対に、18.5を下回ると死亡率が大幅に上昇する。痩せすぎのほうが不健康です」
動脈硬化や脂質異常症を引き起こすとされるコレステロール。基準値は、LDL(悪玉)コレステロールが60~119mg/dl、HDL(善玉)コレステロールが40mg/dl以上とされている。
「心筋梗塞とコレステロールの関係が1990年代の米国で盛んに論じられ、卵を週に4個以上食べてはいけないといった摂取制限ができたのですが、今では撤回されています。コレステロールは肝臓で作られ、細胞膜のもととなって発がん性物質やウイルスから体を守り、血管を丈夫にして炎症を修復します。体に必須な物質で、LDLが180くらいあっても問題ない(現行では140以上で受診勧奨)。しかし、LDLが200以上と高くHDLが40以下と低い場合は注意したい。遺伝性の脂質異常症である『家族性高コレステロール血症』が疑われます」
数値をどう見るかが大切だということだ。
血液中の赤血球の色素とブドウ糖の結合割合を示すHbA1cは血糖値の2か月間の平均値を示す指標だ。日本や世界の糖尿病学会では6.5%以上が糖尿病の基準値。大櫛氏は「血糖値は、基準値を超える前の段階でも注意が必要」と語る。
「糖尿病は自覚症状がなく眼、脳、心臓、腎臓など全身に合併症を起こします。気にするべきなのは毎年の数値の変化。糖尿病は一度発症すると根治は難しく、食事制限や薬などで血糖値をコントロールしていくしかないので、変化を見て事前に予防することが重要です」
一方、数値をもとに過剰な医療につながる懸念のある項目も。高くなると痛風や尿路結石症を発症するとされる尿酸値は、基準値が2.1~7.0mg/dl。大櫛氏は「投薬による数値の低下に注意が必要」だという。
「尿酸値が8.0くらいで痛風などの可能性が高まるので概ね基準値は正しい。ただし、投薬による治療となると注意が必要です。尿酸降下薬には肝機能障害を引き起こし、肝硬変に繋がる可能性があります。また、尿酸は体の炎症を抑える抗酸化作用があるので、低下しすぎるリスクもある。数値を下げすぎるとがんや認知症などにつながる懸念があります」
薬を飲んで数値を下げればいいと安易に考えることにも、リスクがあるわけだ。
※週刊ポスト2022年10月28日号