文庫新刊書『世界の宗教地図 わかる!読み方』からの一部抜粋で、宗教と世界情勢の密接な関係を、わかりやすく紹介していく。今回は、モディ政権が進めるヒンドゥー教による国家統合で、これまで世俗国家として政教分離を原則としていたインドに生じ始めている歪みについて解説する。

ヒンドゥー教で神聖な生き物とされ、街中を堂々と歩く牛 Photo:PIXTA
ヒンドゥー教で神聖な生き物とされ、街中を堂々と歩く牛 Photo:PIXTA© ダイヤモンド・オンライン

モディ政権下のインドで

ヒンドゥー化が進む

 インドのめざましい経済発展はニュースでもよく取り上げられる。コロナ禍を経て、GDP成長率はコロナ前の水準を上回るまでに戻っている。こうした高成長を牽引するのが、2014年の下院総選挙でインド人民党(BJP)が大勝し、発足したモディ政権だ。

 実は、与党となったBJPは、ヒンドゥー教至上主義を掲げ、ヒンドゥー教による国家統合を目指している。だが、そもそもインドは世俗国家だ。政教分離を大原則として、多様性を国の根本に据えている。にもかかわらず、モディ政権下でヒンドゥー色の強い政策が次々と推し進められ、多様性が揺らぐ状況が生まれている。

 ヒンドゥー化を可能にしているのが、圧倒的多数を占めるヒンドゥー教徒の支持。国民の約8割、10億人を超える人数である。

 インドは仏教発祥の地だが、ヒンドゥー教やイスラム教の勢力拡大で13世紀頃までには壊滅状態となった。仏教徒が改宗させられ、最下層カーストの不可触民とされた歴史もある。解放運動が高まり、インド独立後に不可触民数十万人が仏教に改宗し、現在も仏教徒の多くがこの流れを汲むが、人口の1%に満たず、キリスト教徒、シク教徒よりも少ない。

イスラム教徒への弾圧が進む

ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭

本コラムの元本『世界の宗教地図 わかる!読み方』
本コラムの元本『世界の宗教地図 わかる!読み方』© ダイヤモンド・オンライン

 現在、問題となっているのはイスラム教徒への弾圧である。イスラム教徒は国民の14%超で、人数にすると2億人近い。にもかかわらず、モディ政権は憲法を改正し、インドで唯一イスラム教徒が多数派を占めるカシミール地方の自治権をはく奪してしまった。

 これを皮切りに、州レベルのイスラム教徒への弾圧が続く。イスラム教徒は豚は不浄として食べないが、牛は食べる。一方、ヒンドゥー教では牛は神聖視され、道路を悠然と闊歩する姿もよく見られる。

 ヒンドゥー教徒は19世紀の頃から牛の保護運動を展開してきた。

 そして近年、牛のと殺と牛肉の販売を禁ずる法律を各州が続々と施行。最高裁が牛肉禁止法は無効との判断を出した後も、「食用、取引はよしとしても、と殺は禁止」といった法律が存続している。

 過激派ヒンドゥー教徒が、牛肉を扱うイスラム教徒を暴行する事件も頻発している。2020年以降も、過激派ヒンドゥー教徒がモスクとイスラム教徒を襲撃する事件は相次いでおり、ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭を不安視する声があがっている。

「カースト」に縛られない職業として

優秀な若者たちがIT業界を志す

 インドの経済成長の牽引役のひとつになっているのがIT産業だ。IT産業勃興の背景には、ヒンドゥー教のカースト制度を乗り越えようとする若者たちの強い上昇志向がある。

 カースト制度では、4つの身分に加え、どんな職業につくかを定める事細かな分類がある。その数は2000~3000種類もあるといわれ、驚くほど細分化されている。

 カースト制度は世襲であるため、代々それが受け継がれる。個人に選択の余地はなく、資質や能力にかかわらず、はじめから職業が決められているのだ。

 優秀な若者たちがIT業界を志すのは、新しい業界ゆえにカーストの縛りがないことが大きい。そのため、中下層カーストの人々にとって固定化した社会の階段を駆け上がるチャンスもあるのだ。

 インド工科大学には、IT業界を目指す若者がインド各地から集まってくる。抜群のレベルの高さを誇り、世界的に見ても最難関の高等教育機関のひとつとされる。卒業後は渡米して大学院に進み、そのまま米国のIT業界に入る人も多い。

 彼らがめきめきと頭角を現し、近年ではグーグル、マイクロソフト、IBM、アドビ、ツイッターなど米国のIT大手でインド出身者のCEO(最高経営責任者)が続々と誕生している。そしてインド出身のハイテク人材のネットワークが、世界に張り巡らされている。

ヒンドゥー教社会のカースト制
ヒンドゥー教社会のカースト制© ダイヤモンド・オンライン

経済格差が固定化され

経済成長の妨げとなる懸念も

 インドでは1950年にカースト制度による差別が憲法で禁止された。しかし、それはカースト制度そのものを禁ずるものではない。ヒンドゥー教の信仰と密接に結びついて切り離せないうえ、ヒンドゥー教徒は国民の約8割という圧倒的多数を占め、モディ首相のもと、ヒンドゥー色は強まる一方だ。

 これまでは、カースト制度があるからこそ下層階級の人々も職につき、低賃金ながら稼ぐことができるプラス面があるともいわれた。だが、それでは激しい経済格差は固定化されたままで、貧困にあえぐ人々は救われない。細かく仕事を分ける制度ではマイナス面も多く、経済成長の妨げになっているという意見も多い。カーストの縛りから脱するため、あえて仏教やキリスト教に改宗する人も増えている。

 一方では、ヒンドゥー教には優秀な子どもを積極的に援助するさまざまな仕組みもある。カースト枠外の最下層ダリットから大統領になった人物は二人おり、モディ首相も駅でチャイを売る下層カースト出身といわれる。インドのさらなる発展に向けての模索も続いている。