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独楽帳

青天を行く白雲のごとき浮遊思考の落書き帳

馬鹿の馬鹿自慢

広尾晃のブログ記事の一部だが、広尾氏も若いころは相当のオタクだったらしい。そのオタクOBが現在のオタクを見て説教しているわけだ。
まあ、気持ちは分からないでもない。自分がオタクだったからこそ、今のオタク連中が「罪悪感も無く」振る舞っているのが癪に障るのだろう。
で、下の記事を載せたのは、「馬鹿の馬鹿自慢」というのはなかなかいいフレーズで、今後使えそうだな、と思ったからである。何か、似た言葉がある気がするが、思いつかない。







時代は変わり、一つのことに寝食を忘れて夢中になることは、ある種の生き方として認められるようになった。これを「ヲタク」という。
今や、ヲタクはあらゆるジャンルに存在し、そのジャンルを経済的に支えている。ヘビーユーザーと重なっているが、ヲタクはその中でも「きついやつ」だろう。
中には昔から「病膏肓に入る」状態だった人もいるだろうが、ヲタクが市民権を得たことで、ブームに乗ってヲタになった人もいると思う。

私が違和感を覚えるのは、今のヲタクの多くが、「罪悪感」をほとんど持っていないことだ。それどころか、ヲタクであることをひけらかし、あたかもいいことであるかのように「自慢」する人がたくさんいることだ。
ヲタクは、通常の趣味の領域を逸脱している。常識を外れている。そこまで突っ込むこと自体は自己責任ではあるが、年収のほとんどを趣味につぎ込むことや、仕事や家庭をほったらかしにして対象を追いかけまわすことは、まともではない。みっともないことだ。誰かに迷惑をかけていることも多いし、少なくとも褒められたことではない。よそ様に言えたものではない。

私に言わせれば、ゲットしたレアアイテムの写真や、対象と一緒に写した写真をSNSに上げて大っぴらにひけらかすのは、正統派のヲタクのすることではない。
ヲタクはあくまで「自己満足」で完結するものだ。仲間内でこそこそ見せ合うのならばともかく、世間様にひけらかすのは醜悪だ。馬鹿が馬鹿自慢をしているようなものだ。
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