「電子データ商品」の危険性
(以下「阿修羅」から転載)
あなたが買った“本”は、勝手に消されてしまうかもしれない 英国の騒動から浮かび上がる電子書籍の課題
http://www.asyura2.com/09/it11/msg/783.html
あなたが買った“本”は、勝手に消されてしまうかもしれない
英国の騒動から浮かび上がる電子書籍の課題
2012年11月14日(水) ローラ・スカーレット(ロンドン支局)
米アマゾンが日本で電子書籍端末「キンドル」の販売を開始した少し前、英国ではちょっとした“事件”がメディアを賑わせていた。10月22日、英ガーディアンなどの有力紙や技術系ニュースサイトなどが、ある女性のキンドルから購入済みの電子書籍がすべて、アマゾンによって削除されたと報じた。
その女性は、リン・ニガード氏。彼女によると、事件の経緯は次のようなものだった。
“削除理由”を説明しないアマゾン
今年9月のある日、ニガード氏のキンドルで画面に縞模様が入る不具合が発生し、アマゾンのカスタマーサービスに連絡した。アマゾンは故障したキンドルを新品と交換し、英国の住所に発送すると連絡してきたという。だが、ニガード氏は現在、英国ではなくノルウェーに住んでいる。そのため別途、英国の住所をアマゾンに伝える必要があった。
だが、英国の住所を伝える間もなく、その翌日にキンドルを立ち上げたところ、彼女のアカウントが閉鎖されていることに気がついた。驚いたニガード氏はアマゾンに連絡を取り、何が問題なのか説明を求めたが、具体的な回答は得られなかったという。アマゾンがニガード氏に宛てた回答は以下の通りだ。
「あなたのアカウントは、私たちの利用規約に違反して閉鎖された別のアカウントと直接的な関連があります。そのため、あなたのAmazon.co.ukのアカウントは閉鎖され、処理中の注文もキャンセルされました。アカウントの閉鎖は恒久的な処置であることをご理解ください。今後、開設されたアカウントも、同様に閉鎖されます。私たちの決定へのご理解を感謝いたします」
騒動になったら閉鎖されたアカウントが復活
ニガード氏が使っていたキンドルは、デンマークの個人売買サイトで購入した中古品で、当初は英国で販売されたものだったという。実は、このキンドルで不具合が発生するのは2回目で、昨年11月にも新品と交換してもらったばかりだった。その際は、夫の会社の英国支店に発送してもらえたという。
ちなみに、ノルウェーではアマゾンはサービスを提供していない。そのため、ニガード氏は米国のAmazon.comでノルウェーのクレジットカードと住所を登録し、そこから電子書籍を購入していたという。
ニガード氏は、「私が知る限り、ノルウェーからAmazon.comにアクセスして電子書籍を購入することは問題ではないはず。1年のうちに2回も故障したキンドルの交換を求めたことが、アカウントが閉鎖されるきっかけになったのではないか」と推測する。
新聞やブログなどでアマゾンの不親切な対応が報じられた後、ニガード氏の閉鎖されたアカウントは何の説明もないまま復活した。そして、新品のキンドルが、皮製カバー付きでノルウェーの住所に送られてきた。アマゾンは、アカウントを閉鎖した理由を10月31日に電話で説明すると約束したが、期日が過ぎても連絡がないという。
アマゾンはニガード事件を受けて、以下のようなコメントを発表している。
「アカウントの状況は、お客様がライブラリーへアクセスできることに影響を及ぼすものではありません。もし、コンテンツへのアクセスで問題が発生したら、カスタマーサービスにご連絡ください」
「電子書籍は“販売”されるものではありません」
アマゾンが、ニガード氏のアカウントにどのような問題を見つけ、閉鎖に踏み切ったのか、真相は藪の中である。それでもニガード事件は、ユーザーが電子書籍を購入したと思っていても、それは従来の物理的な書籍の購入とは、まったく意味合いが異なっているという事実を、改めて浮かび上がらせた。
実は、アマゾンのキンドルストアをはじめとする多くの電子書籍サービスでは、コンテンツを販売しているのではなく、ユーザーが利用規約を遵守することを条件に、コンテンツを使用するライセンスを提供しているに過ぎない。ユーザーが利用規約に違反した際には、コンテンツ提供側はユーザーの電子書籍端末からコンテンツをいつでも削除できる。
アマゾンジャパンの「AMAZON KINDLEストア利用規約」には、以下のようにある。
「Kindleコンテンツは、コンテンツプロバイダーからお客様にライセンスが提供されるものであり、販売されるものではありません。」
実際、こうしたコンテンツ提供側の権利が行使された事例は、ニガード事件だけではない。2009年7月、アマゾンは米国で、それまで販売していたジョージ・オーウェルの『1984』の電子書籍版を、ユーザーのキンドル端末から一斉に削除したことがあった。扱っていた出版社が、米国で『1984』の電子書籍版を販売する権利を持っていなかったことが発覚したための処置である。この騒動はユーザーとの裁判にまで発展し、同社のジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)は対応の不手際を認め、謝罪せざるを得なかった。
アマゾンはこの騒動のあと、次の4つの条件下で、ユーザーのキンドルからコンテンツを削除する権利を持つことを、改めて示している。
1.ユーザーが削除、もしくは変更に同意した場合
2.ユーザーが代金の払い戻しを請求した場合、もしくは、代金を支払えなかった場合
3.司法当局、もしくは規制当局が削除、もしくは変更を要求した場合
4.削除や変更が、消費者、もしくは、端末やネットワークの運営を保護する上で合理的に不可欠な場合
いずれにしても、ユーザーが買ったと思っているコンテンツは、購入後もアマゾンの管理下に置かれている。その状況は、購入後は読者が所有できた物理的な書籍とは、根本的に異なっている。
音楽は既に「DRMフリー」に
本と読者の関係が、常にコンテンツ提供側に監視されている状況は、アマゾンのキンドルのみならず多くの電子書籍サービスでも同様だ。そこでは、「DRM(デジタル著作権管理)」と呼ばれる技術を使い、コンテンツと端末が閉じたシステムの中で管理されている。そのため、例えば、キンドルストアで購入した電子書籍は、キンドル端末のほか、スマートフォンやタブレット、パソコン向けにアマゾンが提供している「Kindleアプリ」以外では読むことはできない。
こうしたシステムの閉鎖性は、サービス提供者側に大きな先行者利益をもたらしてきた。
例えば、アップルの音楽配信サービス「iチューンズ ストア」の成功はその代表例で、アマゾンのキンドルがそれに続こうとしている。2012年初頭、英国では3人に1が電子書籍端末を所有し、そのうち約4割をキンドルが占めていた。
その一方で、こうしたサービスの閉鎖性に対しては、消費者保護の観点から疑問を呈する声もある。2009年に「オーウェル事件」が発生した後、ノルウェー消費者委員会は、アマゾンのキンドルストアとキンドル端末の閉鎖性を「強過ぎる絆」として批判し、同国の消費者保護法に違反する可能性があると指摘した。ノルウェー消費者委員会は2006年には、米アップルのiチューンズに対しても、同様の批判をしたことでも知られている。
アップルは結果的に2009年から、米国で楽曲のすべてをDRMフリー(無し)で提供し始め、今年2月からは日本でもDRMフリーで配信している。興味深いことに、DRMフリーの音楽配信に大手ネット企業でいち早く乗り出したのは、アマゾンだった。音楽配信で後手に回ったアマゾンは2007年、DRMフリーの「Amazon MP3」を立ち上げ、アップル追撃を狙ったのである。
読書や勉強のあり方にも影響
消費者保護の観点と市場での激しい競争から、音楽配信で起きたようなDRMフリーへの流れが、電子書籍でもやがて起きてくる可能性もある。だが、現時点ではDRMフリーに向けた目立った動きはなく、インディーズ系作家の電子書籍をDRMフリーでセット売りする米ハンブルバンドルのようなサービスが、注目を集めつつある程度だ。
いち早くニガード氏と接触して電子書籍のDRMについて問題提起をした英コンサルタントのサイモン・フィップス氏は、次のように警鐘を鳴らす。
「電子書籍はとても便利だが、“ニガード事件”はその深刻な問題点を明らかにした。それは、私たちは書籍を購入した後でさえも、コンテンツにアクセスするには継続的に企業に許可をもらい続けなければならないということだ。これは、物理的な本の時代にはありえなかったことで、読書や学習のあり方に本質的な変化をもたらす可能性がある」
電子書籍は、確かに便利だ。ユーザーは、いつでも瞬時にコンテンツが手に入り、重たい本を持ち歩かなくてもすむ。その一方で、音楽配信のようにDRMフリーにならない限り、電子書籍のサービスは閉鎖的なものであり続ける。古くて新しいデジタルコンテンツのDRM問題は、今後、電子書籍に様々な課題を投げかけそうだ。